第523話
「ん………………っん〜〜………」
意識が覚醒する。
体調の方は幾分マシになったらしい。
倦怠感はほとんど消えている。
痛みはあるが、取るに足らない些細なものだ。
意識が半分ぼやけたまま聞こえる雨音で、再び眠りそうだが、体調を治すという当初の目的は果たせたらしい。
ウルクの影にいる間、意識を切って回復に努めていたチビ神様様だ。
さて、起き上がろうとするウルク。
すると、いつの間にか被せられたブランケットに、今し方気がついた。
きっとレトの仕業だと推察する。
やっぱり面倒見がいいな、と思って、ウルクはクスリと笑った。
「………………あ、れ?」
ウルクは妙な感覚に違和感を覚えた。
倦怠感がなくなったと思ったが、訂正する必要があるらしい。
寝起き特有の強い倦怠感がある。
疑問符を浮かべるウルク。
10分だ。
仮眠を10分取る予定だったが、それにしては長く寝た様な怠さを感じる。
今更だが頭も回ってないらしい。
少しして、ようやく頭が回りだすと、レトが見当たらないことに気がついた。
これもまた今更だが、ウルクは起こされていない。
10分で起きられないはずだ。
「まさか………戦闘中?」
ウルクは魔力を流して体と脳に刺激を与えて無理やり目覚めた。
装備を整えて外に出ようとした。
すると、
「わっ」
酷い大雨だった。
あまりに土砂降りだったので、つい足が止まったようだ。
そしてここでも、時間の経過を思い知らされる。
しばらく降っていたであろう様子が、地面の水たまりの様子なんかでなんとなく察する事ができた。
ウルクは一度あたりを見回し、敵がいないのを確認した。
下はまだ騒がしいので、戦闘はまだ続いているらしい。
ウルクは駆け出した。
「はっ、はっ、はっ」
ピチャピチャと、雨水を踏む音。
奴隷に扮するために履き替えたボロボロの靴の先からじんわりと滲み出す水。
髪はすぐにびっしょりになったが、気にする事は無かった。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
激しい雨音。
鳴り止まない戦闘音。
そんな音達をもかき消す心臓の鼓動だけが、ウルクには聞こえていた。
何かが起きたという確証だけが残っている。
そうでなければ、レトが放置する訳がない。
何処かで苦戦しているに違いない。
争いのない国で長らく過ごしたがためにもたらした、平和ボケした考えが、ウルクも頭でループしていた。
そう、ウルクは忘れていた。
戦いに身を置く者は決して忘れてはならない、忌まわしきモノを。
「………………………………」
理不尽に全てを奪い去る 死 という名の獣を。
「………………………………」
壁に額をつけ、寄り掛かるようにして佇むその抜け殻。
それを中心に、雨水と入り混ざった紅い水溜りが広がっていた。
どうしようもない程に広がっているそれが、否応なく真実を突きつける。
バシャリ。
音を立てて膝をつき、背中にそっと触れる。
雨に濡れて冷くなった布の感触があった。
そしてそこから、レトの頬に触れようとした。
心臓の音が跳ね上がる。
どうしても手が伸びなかった。
知りたくない。
自覚したくない。
そん風に、曖昧なままでいる事を望むウルク。
でも、こんな姿で居続けさせる事はもっと嫌だった。
覚悟を決めたウルクは肩を抱え、こちらに向けたレトの顔を覗き込んだ。
「———————————————」
半開きになった虚な眼。
絶望の表情。
抱き抱える肌の冷たさ。
死。
死。
死。
——————死んだ。
さっきまで話していたのだ。
さっきまで少し困った顔でお節介を焼いて、元気な声で話していた。
なのに、もういない。
レトには、二度と会えない。
国を変えるいう妄言を最初に信じてくれた、たった2人の仲間。
それがバルドとレトだった。
3人で平和な国を作って、平和を過ごすはずだった。
でも、レトは2人を置いて去っていった。
別れを告げる事もなく、その命を散らしたのだ。
「………………ぁ」
ウルクは、いつの間にか流していた涙に気がつき、そして—————————
「ぁ、ァァ………ぁぁぁああああ、ぅあああああああアアアアアア————————————!!」
雨音でも消えない慟哭が、剥き出しの感情と共に放たれるのだった。
再度連絡致します。
センター入試まで、もう残り2週間を切りました。
宣言通り、投稿頻度を3日又は4日に1話のペースで投稿させていただきます。
私事で本当に申し訳ございませんが、ご理解いただけると幸いです。
センター入試が終わり次第また連絡させていただきます。




