第522話
「目撃情報は十分に与えたし、あんたらはとりあえずここでゆっくりしててくれ」
俺は元奴隷の連中にそう言った。
「あの………しつこい様ですが、ほ、本当にいいのですか? 俺はまだ戦えますが………」
確か、ボークンという亜人だった。
察するにまとめ役をやっているらしい。
余程なんとかしたいのだろう。
先程からソワソワしている。
「………へぇ、やる気スゲーな。なんか理由でもあんのか?」
ボークンは、奴隷だったにしては活気のある目つきで俺を見てこう言った。
「俺はまだ奴隷になって日が浅いので、心にも体にもそんなに深い傷は負ってないんです。でも、奴隷でいることの苦痛も屈辱もわかっています。心が大丈夫なら、せめて他の奴隷達の役に立てる事がしたいんです!」
「なるほど………」
見た感じ、そこそこ戦えそうだ。
本人の言っている通り心身ともに問題なし。
やや空回り気味かとも思ったが、その辺はフォロー出来そうだ。
「………周囲まで誘導した奴隷の案内と護衛を任せられるか? ここに入れるための護衛が欲しい」
「! はい!」
俺は装備を渡して、ニールの所へやった。
周囲の担当はニールとファルグだ。
ボークンにはとりあえずニールの下についてもらう。
「「あの!」」
「あ?」
更に数名の若者(といっても、俺よりは年上だが)がソワソワしながらこちらを見ていた。
触発されたらしい。
「はぁ………アンタらはあっち。これを持ってけ」
彼らは俺が渡した装備を持って指示した方へ向かった。
無理させないように気を使ったつもりだったが、余計なお世話だったらしい。
「しゃーねーな。こうなったら働きてーやつにはとことん働かせてやるか」
俺はそう呟いて外へ向かった。
———————————————————————————
「奴隷だ!! 奴隷が逃げたぞ!!」
少し人通りの多い場所に行くと、かなり騒々しくなっていた。
大きめの屋敷の片っ端から、リンフィア達を送り込んで領主を人質に立て籠もって貰っている。
リンフィアは元奴隷ということもあり、かなり奮闘していた。
「いた!! 脱走奴隷だ!!」
「なっ、この奴隷強いぞ!!」
「怯むな!! たかが汚らわしき奴隷風情に遅れを取るんじゃない!!」
広場で暴れている声が聞こえる。
あれは確か、
「………………向かってくるのならば斬るぞ?」
レイだった。
物凄い剣幕で剣を握りしめている。
「射てェえッッ!!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
レイは小さくため息をつき、前方へ駆け出した。
クルッと周囲を見て、矢と敵の位置を把握する。
飛ぶ。
同時に回転をつけ、矢を打ち落とした。
「馬鹿め!! 空中でこの数の矢が避けられるものか!!」
格好の的になるレイ。
だが、考えなしのレイではない。
飛ぶ直前に練っていた魔力を解放する。
「ハァアアッッッ!!!」
敵が射る前に鋭い魔力の斬撃を弓兵のいる方へはなった。
矢を薙ぎ払いながら、その斬撃は飛んでいく。
レイは既に振り返って後方の矢を撃ち落とし、着地。
すぐそこまで迫っていた連中を軽くいなして一気に潰した。
「邪魔だてするのであれば………斬る」
周囲の敵はレイの迫力に圧倒されてたじろいでいた。
「手助けは必要なさそうだな………」
俺はそのまま進んだ。
一番近いのはルイが向かった屋敷だ。
俺は道を右折して前方にある屋敷へ向かった。
———————————————————————————
スラウルの次くらいの階級の貴族が保有している屋敷は、半壊になっていた。
混乱状態なので、今忍び混むのは容易そうだ。
というか、流石戦闘科。
一切の容赦がない。
「ものの見事にボロッボロだな………」
ここにはルイと、奴隷保護のためにラビを連れてきている。
簡易ダンジョンを建て、そこに入ってもらっているのだ。
「さて………ルイは………………ん?」
派手な破壊音が聞こえる。
すぐ近くだ。
見てみれば砂埃が立っていた。
「あそこだな」
そこでは案の定、鎌を持った女装紳士が戦っていた。
「フッ、どうした? 奴隷風情に勝てんのか?」
ルイは巨大な鎌を振り回しながら警備兵を挑発していた。
格好こそボロ布だが、ルイが持っているのは魔法武具だ。
私物で戦うのはいかがなものかと思ったが、その辺は案外バレる気配もない。
「くッ………この下郎がァあ!!」
「!? おいおい、こんな狭い所でそんなものを放つ気か?」
敵は数名の魔法使い。
放とうとしていたのは遠距離の炎魔法だった。
近距離では勝てないと思ったのだろう。
「やれやれ………」
ルイは、あまりにも愚かな戦い方に辟易してかぶりを振った。
所詮はただの金持ちか、と。
「死ねぇぇええッッ!!」
杖の先端が赤く輝く。
輝きは一瞬で炎へと化し、放たれた魔法は風を切り裂く様にルイへ向かった。
「下らん」
鎌を氷が覆った。
ルイはやってきた炎を凍らせ、間髪おかずにその塊を砕いた。
と、呑気に見てる場合じゃない。
俺はルイにラビの居場所を聞きに行った。
「よ、調子はどうだ?」
「………………あ、なんだ。君か。全く紛らわしいな。どうにかならんのか?」
「仕方ねーだろうが。ツラァ割れてンだから。で、アイツは?」
「後ろのポケットから簡易地図を取ってくれ。して、いとしの妹の様子はどんな感じだ?」
「絶好調。敵をなぎ倒してるぜ」
「フフフ、それは結構!」
ルイは武器を構えて飛んでいった。
やる気が増したらしい。
兄妹共に触発されやすそうな性格なのだろうか。
全く、美男美女のくせして女装兄に男装妹で、負けず嫌いもそっくりとは、これまで見てきた連中の中でもキャラの濃い兄妹だ。
「………………?」
その時、何かが聞こえた気がした。
気のせいだったのだろうか。
俺は特に気に留める事もなく、ラビのいる方へ向かった。
それが、仲間の死を告げる音とは知らずに。
———————————————————————————
「姫、休憩しませんか?」
「ん、そうだね」
レトとウルクは遠距離からの敵の対処を行なっていた。
ある程度戦い慣れた連中なら対処できるが、戦えない奴隷が狙われればことだ。
なるべく弓兵、魔法兵は倒しておきたいとのことで派遣された。
「いよいよですね。予定とはちょっと違うかもしれませんけど、姫の目的は果たせるかもしれません」
「ケンくん様様だねー。ホントに」
ウルク達は建物に入って、適当な壁にもたれかかって会話していた。
「やっぱ、ラクルでケンに会ったのがきっかけなんですかね?」
「だねー。あそこで会ってたからケンくんもリンフィアちゃんと会ってただろうし、そうなったからケンくんが学院に行く様になったかもだしねー。偶然ってすごい、や………」
ウルクは少しふらついた。
額に小さく脂汗をかいている。
「姫!?」
「………大丈夫大丈夫」
「いや、大丈夫じゃないでしょ! やっぱり、さっき一発食らってたんだ………」
慌てふためくレト。
普段はおちゃらけているが、こういうところは変に真面目だ。
ウルクは頭を抱えつつも小さく笑みを作った。
「じゃあ、少し………10分くらい寝てもいいかな? チビ神ちゃんに調子を整えてもらうからさ」
「その方がいいです。じゃあ、僕は周りを見てきますから。本ッ当に! 無茶だけはしちゃダメですからね!!」
改めて念を押すレト。
ウルクはうつらうつらと頭を振りながら、コクリと頷いた。
レトはウルクを死角に移して、あたりを探る。
敵はいないと確認すると、もう一度ウルクのところへ駆け寄った。
「ちゃんと休んで下さいね、姫。僕はちゃんと姫の目標は叶えたいって思ってるんだから」
一瞬、敬語が取れていた。
ウルクは嬉しそうに眠そうな目でニッと笑った。
「へへ、敬語、とってくれたの?」
「あ………………とにかく、しっかり休んで下さいね!」
「むぅ、残ね、ん………………じゃ、お休み」
ウルクはスッと眠りについた。
魔力が引っ込んで、謎の気配がウルクを取り巻いた。
おそらくチビ神に変わったのだと推測するレト。
アイテムボックスからブランケットを取り出して、ウルクに着せる。
「………」
ふと、何を思ったのか、レトはマジマジとウルクの顔を眺め始めた。
彼女は僕の主。
僕が生涯仕え、守るべき君主。
彼女の夢は、平等な世界。
途方もない夢だ。
人は無茶だと笑うだろう。
人は無謀だと罵るだろう。
人は愚昧だと嘲るだろう。
それでも、これを立った一つの目標として生きてゆくのが我が主人だ。
本当にすごい方だ。
石を投げられても前に進みという事は誰にでもできることではない。
それがたとえ夢でも。
故に僕は、彼女を本当に誇りに思う。
叶えてあげたい。
でも、僕では足りない。
だから、誰かに叶えてあげてほしい。
僕ももちろん力の限り尽くす。
その上で、力ある誰かに手助けして欲しい。
ケン。
僕は君になら託せると思った。
異界からやって来た、尋常ならざる少年。
君ならば、きっと。
きっと。
「はい、お休みなさい。我が君」
レトはまるで遺言だなと思いつつ外へ出た。
少し、寒い。
曇って来たのか、風が冷たく感じだ。
「こりゃ雨かな?」
こんな状態でも、周囲の警戒とウルクの護衛はやっていかなければいけない。
レトは盾を手放さず、物陰から前方の様子を伺う。
「………」
奴隷達が戦っている。
すごい光景だ。
着実にウルクの夢へと近づいている実感があった。
「………ああ、すごいや」
本当に叶うかもしれない。
彼女の夢の世界を。
仲間と共に。
彼女と共に。
「————————————え?」
ボロボロの布から滴り落ちる紅。
痛みより、驚愕が上回っていた。
刃が差し込まれる時も、抜かれる時も。
理解が追いつかなかった。
それはまるで、幻の様に。
まるで夢の様に。
「ひ、め………………」
レトの最後に見た夢は、彼女の思い描いた夢ではなかった。
レトは二度と、その夢を見る事は無かったのだ。




