第518話
いつかの光景を思い出した。
あの時やったヘマはもう忘れない。
俺ともあろうものが、本当に衝動だけで中途半端に助けた結果があれだったのだ。
今回こそ、失敗しない。
「ふぅー………」
俺は先程沈めた男を取りあえず拘束して投げ捨て、目の前にいるボロボロのエルフのところへ向かった。
なるほど。
確かにこれは酷い。
少し見ただけでそれがわかる。
食事を十分に摂っていないせいで、かなり痩せていた。
着ている服も、もはやただの布に穴を開けているだけのものだ。
傷のない奴隷は一人たりともおらず、大半の奴隷の目が死んでいる。
その中で一人、それも一番ボロボロのエルフがギラついた眼をしている事には正直驚いた。
「よう、聖女様」
俺がそう言うと、エルフはひどく驚いていた。
だが、同時に安堵もしていた。
わかる。
こいつも背負っている者なのだ。
「安心しろ、俺達が助けてやる」
すると、どこか救われたような表情を浮かべて、エルフは気を失った。
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「………っあ! 私は今………………!!」
少し混乱しているのか、焦った顔であたりを見渡しているセラフィナ。
名前は先程他の奴隷から聞いたのだ。
「お、起きたっぽいぞ、流」
「そう、よかった………………美人が傷つくのは忍びないからね」
流はセラフィナの目を見てそう言った。
呆れた男だ。
「オメー、相変わらずだな」
「なんのことかな?」
やれやれだ。
とりあえず放っておこう。
「“聖女” セラフィナ・ローレンクスでいいか?」
「貴方は………」
なるほど。
俺を知らないって事は外に出る事すら無いらしい。
俺はそれを確認すると、名前から自己紹介を始めた。
「俺はヒジリケン。見ての通り人間だ」
「はぁ………」
とりあえず不信感は持っていないらしい。
入ったタイミングが良かったのだろう。
それなら話は早い。
「セラフィ「はじめまして聖女様」」
スッと入ってくる流。
始まった。
「楠 流、彼と同じく人間です。お会いできて光栄です」
「あ、ありがとう、ございます………」
あまりガツガツいかない流。
流石に心得ているらしい。
が、今は邪魔だ。
「いえいえ、お、ゥウぅっっ、ッッッッ!!!?」
俺は流に拳骨を喰らわせて端に避けた。
ウルクも流石に呆れている。
「すまん。ナンパヤローが迷惑かけた」
「あ、いえいえ! 私は大じょ、う………ぶ………あれ? そういえば傷が………え!?」
セラフィナは自分の傷が治っている事に気がつくと、パッと顔を上げ、奴隷全員の傷が完治しているのを目にした。
首を傾げている。
人数が人数なので、セラフィナの頭の上に大きなハテナマークが浮かんだらしい。
「あの、お連れの方はたくさんいらっしゃるのですか?」
「うんにゃ、俺と流とあそこのフードだけだ」
俺は深くフードを被ったウルクを指差した。
奴隷達の心のケアをしてもらっている。
とりあえず、まだ正体は明かさない。
「じゃあ、皆さんが私達の傷を………?」
「いや、別に100人程度なら俺一人でどうにかなるし、一人で治したぜ?」
「ひとっ………………!?」
絶句するセラフィナ。
さっきもまとめて回復したら奴隷達に絶句されたもんだ。
「あ、ありがとうございます!」
「いやいや、こんなモンついでだ。俺らはアンタに用があってきたんだ、“聖女”」
俺はあえてそう呼んだ。
すると、キリッと表情を一変させて話を聞き始めるセラフィナ。
「話、してもいいか?」
「はい、もちろんです。私もあなた方の事が気になっていたので」
「そうか。だったらいい」
さて、どうするか。
こいつはきっと責任感の強い奴だ。
そして、奴隷たちを守るという意思も強い。
そういう奴に頼むなら、ごちゃごちゃと御託を並べるより、はっきりと正面から頼み込んだ方がいい。
「単刀直入に聞く。この国を潰すのに協力してほしい」
「!!」
「アンタの話は聞いてる。数名のパーティで国を回って、無償でのモンスター討伐、流行病や怪我の治療を行うなどの慈善事業を行い、聖女と呼ばれるにまで至った、この国では数少ない人間に慕われた異種族。だが、それをよく思わなかった国の連中に濡れ衣を着せられパーティは解散。アンタ以外は全員処刑され、アンタも奴隷として売り払われた」
これはクウコからの情報だ。
確かに、こいつは英雄にするならこれ以上ないほどの好条件を持ったエルフだ。
「あの………………あなた方はこの国の国民ではないのですか?」
「いや、違う」
「ならどうして………」
「俺らはあくまで協力者だ」
という事にしておこう。
そっちの方が違うが良さそうだしな。
「本命は………」
ウルクがこっちに来る。
そして目の前でフードを取った。
流石にこちらは顔を知っているのか、一瞬で硬直した。
「な、あ………」
「こいつだ」
ウルクは膝をついてセラフィナの手をガシッと握った。
「私は、この国を変えたい………だから、手伝って、セラフィナ!!」




