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第517話



 「階段を降り切ったが………」


 「酷い臭いがするな………」



 一番下まで降りると、空気の淀みは一層増し、酷い腐乱臭もしてきた。

 そして、錆びた鉄のような臭いも。



 「………」


 「慌てんなよ、ウルク。後で全員解放するんだ。だから今は待て。順序を踏んで行動しろ」


 「………………うん、わかってる」



 少し思い詰めて焦り顔になっていたウルクが、冷静になった。

 俺たちは周囲を警戒しつつ、奥の部屋へと進む。

 入口を入って直ぐ曲がり角になっているので中は見えないが、目の前の部屋にはもはや扉も無く、完全に開け放たれているようだった。



 「おい、流。わかるか?」


 「まぁ、一応。なんとなくだけどね………………俺よりちょっと強いくらい………かな?」


 「いい読みだ」



 内部にも見張りがいるらしい。

 だが、おそらく人数は1人。 

 これ幸いに、俺がこの場にいる。


 俺は懐から、小型のナイフを取り出した。

 敵は邪魔だ。 

 可能な限り効率よく進めて行きたい。

 ほぼ使う事はないので、俺はクルクルとナイフ回しながら手を慣らしていく。

 すると、



 「………殺すのか?」



 流れがそう尋ねた。

 以前ほどではないがないやはり殺しに関しては否定的だ。



 「んー………」



 ここまで来たら、殺すなら殺してもいい。

 だが、



 「やっぱやめた」



 俺はナイフを戻し、グッと拳を合わせた。



 「どうせ敵はクズだ。殺すなら殺してもいいが………まぁ、とりあえず拘束だ」



 










———————————————————————————



 








 奴隷。

 それはこの世界の最底辺の地位であり、我々ヒトの最底辺を意味する。

 種族は関係ない。 

 堕ちた者は無条件で“モノ”となる。

 

 そう言った意味では、この国は奴隷を一番()()()使()()()()()のかもしれない。


 しかし、それでも納得はいかなかった。

 そもそも、人は人を使役するべきではないのだ。

 平等であれと願うが、それが叶わないのはとうの昔から理解している。

 それでも、これはあんまりじゃないのか。


 人が人を人として扱わず、時にはなんの罪もない者すら使役され、持ち得たはずの希望も幸せも何もかも奪われる。

 こんな事があっていいはずがない。



 故に私は時を待つ。

 いつの日か立ち上がるべき日がやってくるのを。

 そのために今は耐えるのだ。

 この痛みに。

 この絶望に。

 この理不尽に。






 「ふへへへへ、今日はこんなもんかねェ〜」



 いかにも性格の悪そうなひねくれた笑みを浮かべた少年が、血塗れの棒を持って、鎖に繋がれていた女の前に立っていた。

 ボロボロの服を着た金髪のエルフは血を滴らせながら俯いていた。



 「………………」




 ポタポタ、と血が滴る様子を黙って見ている周りの奴隷達。

 見慣れているようで、それでもやはり恐ろしいのか微かに震えている様子が見て取れる。

 大半の奴隷がそんな様子で、目の光を失っていた。

 そんな中、たった一人色褪せぬ眼で、主人を睨んでいたのは、



 「ッ………………」



 他でもないそのエルフだった。



 「っっ〜〜〜〜〜〜!! やっぱりいいねぇ、君は堪らないよ!!」



 興奮した様子で棒を振り上げる少年。

 しかし、



 「お坊ちゃま、そろそろ時間で御座います」



 すんでのところで使用人に止められた。

 少年は、不機嫌そうな様子でむくれている。



 「えー、もう時間なのーぉ? はぁ………仕方ないなぁ」



 少年は棒を使用人に渡し、踵を返した。

 すると、ふと去り際にこちらを向き、



 「セラフィナ、またねぇ〜」



 と、歪な笑みを浮かべてそう言った。



 セラフィナは、そのまま少年が見えなくなるまで睨み続けた。

 強い反抗の意志のこもった視線だ。

 しかし、



 「ぐッ………………」



 傷は深く、精神的なものもかなり大きい。

 セラフィナはもうとっくに心身共に許容できる限界を超えてしまっていたのだ。

 そして、しばらくすると力なく項垂れ、血の混じった咳をしだした。



 「………………ゴフッ」

 

 「聖女様!!」



 周りの奴隷たちが駆け寄ろうとする。

 彼らのうち半分は人間、しかもこの国の人間だ。

 それでも他種族であるセラフィナを聖女様と呼ぶので、如何にセラフィナが慕われているかがよくわかる。

 だが、近寄る事は許されないのだ。




 ズドンッッッ!!!




 と、激しい地鳴りがした。

 その瞬間、奴隷達は一斉に固まる。

 視線は自然と、その音の発生源である巨漢に集まった。

 この男は、ここの奴隷たちの監視役だ。

 巨大な棍棒と、魔法具のマスクが特徴だ。

 付けているマスクは、一種のガスマスクのようなものだろう。



 「「「っっ………………!!」」」



 男の血走った目が、近寄るなといっている。

 


 いつもの事だ。

 誰も助けに来られない。 

 そうだ。

 わかっている。

 助けるべき立場にあるのは私の方だ。

 力があるのは私の方だ。


 弱者は私が守らなければならない。

 彼らが動けば、殺されてしまう。

 仕方ない。

 仕方のない事なんだ。    

 聖女と呼ばれる以上、私は希望であり続けたい。

 彼らを救いたい。

 そのためならば、どんな痛みにも耐えて見せる。



 ………………でも、それでも………心の奥では、自分の根底には、こんな私の意思とは反するものが隠れている。

 それはきっと、今の私が無力な奴隷の身であるからだろう。


 駄目だと分かっている。

 それでも、私は思ってしまうのだ。






 ああ————————————誰か、私を助けて








 ゴキンッッッ!!!









 大きな音だった。


 朧げな意識の中で、それはまるで光のように見えた。

 棍棒の男が倒れている。

 悲鳴すら上げる間も無く、一瞬で。



 そこにいたのは、一人の青年………いや、少年だった。

 もうそれすら分からなくなるほど、セラフィナの意識は途切れかけていたのだ。


 騒ぎそうになっている奴隷たちを沈める少年。 

 ゆっくりと近づいてくるが、おそらく会話は出来まい。

 セラフィナはどんどん意識が保てなくなっていた。


 だが、完全に気を失う前、ほんの一瞬だがセラフィナは衝撃で意識をはっきりとさせた。


 それは、少年に一言によるものだったのだ。





 「よう、聖女様」



 少年はしゃがみ込んで、私にこう言ったのだった。





 「安心しろ。俺らが助けてやる」





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