第516話
朝を迎え、そこから俺たちは屋敷に向かう………というわけでもなく、作戦決行は夜に行う運びとなった。
そして夜、だだっ広い屋敷の前で、俺と流とウルクは、一時待機をしていた。
「ここがそうか………………思ったよりずっと広いな………」
流は、これから侵入する屋敷を目にして嘆息していた。
確かにこれはだいぶ………いやかなり広い。
金持ちの家は横に広いイメージがあったが、この屋敷は縦もそこそこある。
そして、その縦は下にも伸びている。
「ここの地下、でいいんだよね?」
「ああ。つーか、お前よくバルド達に止められなかったな」
無茶をする主人を嗜める、みたいなイメージだったのだが。
「うん? ああ、バルドとレトねー」
ウルクは間を置く事なく回想した。
「んー、私の無茶に関しては、私が亡命する前にすっごく揉めたからねー。なんだかんだ甘いバルドも普通に甘いレトも、そこだけは譲ろうとしなかったよ」
それで今こうなっていると言うことは、
「ゴリ押したか?」
「うん。私も絶対折れなかった。ずーーっと言い続けて、私の意志を伝えたの。そのおかげで最後には2人とも許してくれたよ」
「そうか………なるほどねぇ」
国を潰し、民に平穏を与える。
その為の一連の計画を成すために、こいつは例え死に目に遭うような無茶でもやるのだろう。
それだけの覚悟と意志がこいつにはあった。
「理解の出来る仲間を持って、オメーは幸せモンだよ」
「それはケンくんもでしょー」
「まーな」
コーン、という音が聞こえる。
「お」
「時間だな」
何気ないお喋りをしているうちに、決めていた時間がやってきた。
と言っても、気張る必要なはい。
流の能力の定員は1名。
だからウルクを隠してもらって、俺は素で入っていく。
「よーし。準備はいいか、野郎ども」
俺は身体強化をし、魔力を落ち着けて気配を消す。
手筈通り、流はウルクを抱えた。
俺は前に立ち、少し下がった場所に流が移動した。
俺はバレーのレシーブの様な構えをとり、流に合図を送った。
ウルク抱えて走り出す流。
十分に助走をつけ、勢いを乗せたまま俺の腕に乗る。
そして足裏が俺の腕に着くと同時に膝を曲げ、そして、
「行ってこいッ!」
俺が打ち上げるタイミングで飛び上がり、屋敷へ入り込んだ。
「クッ………ぅおお!?」
飛んだ瞬間、【一色】を発動し、姿、音、匂い、気配を完全に消し去る。
物凄い勢いだが、流石に体勢を安定させ、着地点を操作する事くらい造作もないことだ。
「ウルク、しっかり捕まってて」
「わかった!」
下向きに魔力を噴射。
威力を殺していく。
音が鳴らないと言っても、物体同士の接触、例えば瓦礫を崩して、瓦礫同士が鳴らす音のように、流が直接触れていない場所で物音が起きれば普通に聞こえるので、その辺りは気を付けなければならない。
「よし………」
なるべく音を立てないように着地した。
流はチラッと周囲を確認する。
人自体は流石にいるが、死角はちゃんとある。
流は指定の場所に移動して能力を解除し、警備の様子をケンに伝えた。
そして一瞬で、
「っっ………と!」
無音のまま到着し、速攻で隠れるケン。
「で、確か地下通路へのダクトだったよな?」
「おう。ここからが一番近いがそれでも少し距離がある。向こうの………そうだな、あの草むらに行ってくれ」
俺は奥の草むらを指差した。
あそこも死角だ。
流達は姿を消し、草むらへ向かう。
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それを数回繰り返し、向かったのは中庭の噴水横の木。
あの木の隣に観葉植物があり、実はその下に穴が開いているらしい。
これが隠し通路なわけだが、やはりさりげなくでも守りはいた。
流石に隠し通路を堂々と守るわけにはいかないのか、少し離れたところからじっと見つめていたのだ。
が、特に関係なく俺たちは中に入れたのである。
「ま、交互に行けば関係ないよね」
流が俺とウルクを連れて行き来し、普通に入っていった。
現在地下に繋がる階段の上立って居た。
「それにしても、毎度こんなところ通っているのか?」
「ここは外部用の緊急脱出口だ。流石に内側から繋がる出口くらい用意しているらしいぜ」
「まぁ、流石にそうだよね」
俺たちは階段の奥をじっと見据えた。
どこか生暖かいような、嫌な空気が漂ってくる。
「いくぞテメーら。この先はそんなに長くない。降ってすぐのところに奴隷用のねぐらがある」
「うん、なんとなくわかるよ。いやーな感じするし………………この感じは本当に覚えがある」
「………」
いよいよというところで顔が強張るウルクと流。
特にウルクは、奴隷たちへの思い入れが強いので、助けたいという思いで硬くなっているのだろう。
「おい、あんまし気張ンなよ。ここで失敗すりゃ計画がずっと遅れる事になる」
「………うん」
「ああ………」
「わかってんなら急ぐぞ」
こうして俺たちは、薄暗い階段をゆっくりと降りていくのだった。




