第511話
「オレの名は、クウコ。見ての通りの化け狐サ。今ここいらで情報屋の元締めやってるモンだ」
なんとこの狐、クウコはただの有能な情報屋なのではなく、元締めであった。
その妖艶な笑みを浮かべる彼女に、一体どれほどのもの達が手玉に取られたことだろうか。
並大抵のやつ………いや、かなりの大物ですら操ってしまいそうだ。
それだけわかりやすい魅力が、彼女にはあったのだ。
それ故に、全く動じていない俺に、むしろ彼女が多少動揺を見せていた。
まぁ、表情を一瞬変えただけで、以降は特になんとも反応はないのだが。
そういえば、元締めということだったので、さっきのも部下なのだろうか?
俺がそう考えていると、
「さっきの童はオレの部下じゃァねェ。あいつはちょいとばかし優秀でね、アレでも手に負えねェ客を流してもらってンだ、これが」
ビクビクしてる割には、やはり有能な情報屋だった。
まぁ元々いけると確信が持てる程度の能力は見て取れていたのだが。
「そして流れてきたのがお前だ小童。こいつァ確かにこの街で対処できそうなのはオレくらいなもんよ。その完璧な認識阻害を見りゃ只者じゃねェって気付けるだろうが、俺も狐じゃなかったら気付かなかったしなァ」
亜人属の内、狐や狸といった“変幻”する種族は、特異な眼を持っている。
彼らは騙しのプロだ。
簡単な幻覚、幻惑ならば簡単に暴くことが出来る。
彼女レベルの化け狐となると、例え俺が使ったとしても、三級魔法程度では誤魔化せないらしい。
「お前、よくもまァこの街を練り歩こうなんて思ったな」
「認識阻害はしてるさ」
「そういうモンじゃねェよ。オレが言ってンのは精神面の事。それと、だ」
クウコはフッと愉快そうに笑った。
何かおかしい事をしただろうか。
「さっき、オレがお前の名を知っている事に反応したが、それはちょいとばかし認識違いだ」
「………何?」
「ヒジリケン————————お前、」
コツ、コツ、と煙管の灰を落としながら、クウコはこう言った。
「国内全ての地域で指名手配中なんだぞ?」
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「なッ————————————」
リンフィア達は、掲示板に張られた文字と似顔絵を見て絶句していた。
そこには見覚えのある顔と特徴、ケンの事が事細かに書かれていたのだ。
「予想できなかったわけではないが………あの男、やはり手配されていたか」
レイが顔をしかめてそう言う。
それ以外の者はウルク以外手配されている様子はないのは不幸中の幸いだった。
しかし、万が一の時のために認識阻害だけは掛けたままでいる。
「しかし、この国には亜人も多いからな。中には看破してくるやつもいるだろう」
バルドがそう言うと、ラビと流がひょっこり顔を出した。
「だったらワタシとこのちゃらおのでばんだな」
「チビちゃん、チャラ男はやめてくれよ………」
「だってさっきもナンパしてたじゃん」
「やめて!! 俺への視線が尖るから!」
女性陣からの冷ややかな目を恐れる流。
歴戦の王は、流石に失敗も心得ているらしい。
「でもさぁラビちゃん、ナガレはともかくなんで君も得意そうなの?」
「レトのにーちゃんしらないのか? ワタシはねんれいをじゆうじざいにかえるくすりをししょうからもらってるんだぞ。これはワタシいがいがつかったらあぶないやつだ」
ラビは薬の入った雑な袋を見せてそう言った。
ニールがなるほど、と頷いていた。
「ああ、お前がひと回り大きくなるのに使っていた薬か。確かに、それがあれば看破が出来る亜人が多い場所でもお前達2人は誤魔化せそうだな。それに場面場面で応用も利く。暫くはこのままでも良さそうだが、亜人奴隷の多い街に行く時はすこし出番も増えるかもな」
「そうですね。それに、この街もあまり油断が出来なさそうですし、急いで買い物を済ませましょう」
ミレアがそう促すと、一行はそそくさとその場を去っていった。
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「うーわ、マジかよ………………面倒な真似してくれてンな」
俺はため息混じりに悪態をついた。
面倒なだけでは無く、これはかなり厄介だ。
「ミラトニアの魔法学院での一件が一番大きな要因だろうが、それ以外での度々ある接触も原因ではあるだろうな」
名前の件は勘違いだったが、今の発言で情報力に関しては勘違いではなかったようだ。
「まぁいいさ。つかそう言う事情なら急がねーとな。さぁ、交渉をしようぜ」
「フッ、交渉ねぇ………ちなみにどんな情報が欲しいんだい?」
「俺が欲しいのはこの街にいる異世界人の—————————」
チリッ、と。
何かが弾ける音が鳴った直後、遠くから何かがこちらへ突っ込んでくる気配を感じた。
「ッ————————————来る」
「やァ」
「!?」
飛び散る瓦礫、そこから生まれる土煙、なんの隔たりも無くなった途端に吹き荒れる暴力的なまでの魔力、そして、耳を突き破らんとばかりに鳴り響く激しい破壊音。
そんな異常事態の中、そいつはまるで知り合いにでも会ったかのように俺に挨拶をした。
壁を突き抜け、威力そのまま突っ込んでくる何者かの剣を、両手で挟んで受け止める。
しかし、急だったため、廊下の一番奥まで押し込まれる形になった。




