第507話
「どう、でしたか?」
リンフィアがおずおずと尋ねてきたので、俺は首を振って返した。
あの後、一通り遺体を調べ、棺桶に入れた後にアイテムボックスに保管した。
出発前には弔ってやるつもりだ。
「一体何があったのでしょう………これは学院長のみが知る経路と言う話では無かったのですか?」
ミレアがそう尋ねた。
「ああ。その筈だった」
「では学院長が?」
「いや、その可能性は低いぜ。隠すにせよそうでないにせよ、通す奴がいるならこんな事にはならねェ筈だ。つまり、どっからか情報が漏れたんだ」
ウルクがギクリとする。
そういえば、ここの情報はファリスと警備以外ではウルク以外知らないと言う話だった。
それを思い出してか、ウルクは慌てて否定する。
「あ、わ、私じゃないよ!?」
「わかってる。疑っちゃねーよ。それに、そんなわけのわからん事はしねーはずだ。俺の目の届かない範囲で行動するのはリスクでしかないって理解してる筈だしな」
全員沈黙する。
初っ端から不可解な事が起きて困惑しているのだ。
「今はいい。とりあえず、中に入って進む分には問題ねーみたいだ」
アイテムボックスから紙を取り出して、それを手紙がわりにして馬車の運転手に渡した。
「それは?」
「手紙だ。一応、いろいろ伝えとかねーとだろ。で、準備は出来てるか、ウルク」
「出来てるよー」
ならば問題ない。
ここから先は予定通りにする。
「それじゃあ、出発だ」
とりあえず放っておく。
だが、気にはなっていた。
これをやった犯人。
それが誰なのか、目的がなんなのか。
こうして俺たちは、モヤモヤを抱えたまま道を進んでいくのであった。
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現在、隠し通路内部。
中はかなり入り組んでおり、魔力障壁まで張られていた。
「向こうにも似たような森があって、そこから出られるよ。あ、そこ右」
かなり入り組んでいるにも関わらず、スイスイ進んでいくウルク。
記憶力は相当いいらしい。
「お前………よく覚えてるな」
「いつでも行き来できるように、ここに来てすぐの頃には道を復習してたしねー。と言っても途中からはこの前ファリス先生に教えてもらったんだよー。私が使ったのは通常の隠し通路から途中でこっちに抜けるルートだからねー。まぁ役に立ってよかったよ」
それにしても、だ。
なかなか覚えておけるような距離でもない。
流石と言えよう。
「あ、そろそろ外だよー」
ウルクがそう言って、曲がり角を3つほど曲がると、そこに小さな扉があった。
「………」
「………」
すると、レトとバルドが神妙な面持ちをしていたので、リンフィアは気になって声をかけた。
「お二人共、大丈夫ですか? すごく考え込んでるみたいですけど………」
「ああ、いや………まぁ、ね」
「何というか………まさか祖国に密入国することになるなんて思わなかったんだ。姫を守る為についてはきたものの、あまり勤めを果たせているようにもならない」
「そうでしょうか? 少なくともウルクちゃんはお二人を頼りにしてると思いますけど………」
「それならいいんだけどな………」
バルド達に無力感は当然のものだ。
モンスター程度なら対処できるが、ここ最近敵となっている者や、ともすれば味方までもがバルド達よりも圧倒的に強いのだ。
しかも、巫女の力を得たウルクは、前線での戦闘も可能となった。
もはや自分たちは必要なのだろうかとも思えてくるのは、至極自然なことである。
そんなことを話している間に、出口にたどり着いた。
「全員念のために認識阻害の魔法をかけておきな。特にウルク、お前は入念に、だ。この中で見られたら一番危ないのは間違いなくお前だ。そこんとこ、いいかイ?」
「はーい」
ファルグに促されて、全員認識阻害の光三級魔法【ディシーブノウン】を発動させた。
この魔法は、使用者の姿を本来の姿から別の姿に認識させる魔法だ。
精神系のものが多い光魔法の中でも基礎と言える。
「へー、やっぱり使ってるとこ見たら全然変わんないねー。これで他の人たちは全然違う姿に見えてるんだから凄いよね」
「魔法なんぞそんなもんだろ。つかウルク、お前はマジにばれんなよ」
「もっちろん!」
全員が完全に準備を終えたのを確認したところで、ウルクはそのドアの前に立った。
人の気配はない。
出るならば今だろう。
「じゃ、いくよー」
ドアを開けて、外に出る。
するとそこには—————————
「おぉ………………全然違うな」
目の前に広がるのは同じく森。
しかし、こちらは地面が乾いており、樹も花も全然種類が違う。
小綺麗で、鳥の囀りなんかも聞こえる。
生い茂る緑が、空の青さを映えさせた。
なのに………
「あれ………なんだろう………」
リンフィアも異変に気がついた。
ぽつぽつとみんなも気づき始める。
すると、
「相変わらず、“魔力が重い”ね」
そう、異変の正体は、空気中の魔力の質だ。
確かに、感覚的には重たいような感じがする。
「みんなが知っている通り、この国は超階級社会だ。この国の中心部はみんな贅沢な暮らしをしているけど、それは街の端に行くにつれてどんどん暮らしぶりは悪くなっていく。国境沿いはまだマシだよ。他国の目に触れるからね」
流は忌々しげにそう言う。
ウルクやバルト達も苦い顔をしていた。
そう、ここはもう他国。
ミラトニアではない。
奴隷や亜人を迫害し、王族貴族達がただ肥え続けるろくでもない国家。
ルナラージャ。
まだ認識は曖昧だが、少しづつその事実が頭の中で溶けていくような気がした。
「それじゃあ、予定通り私が街まで案内するから、皆んなついてきて」
そして俺たちは、ウルクの先導により、ルナラージャ初の街へ向かうのであった。




