第5話
俺は出血多量で気を失った。
気がつくと、もう誰もいなかった。
事は全て済んだらしい。
———やあ、派手にやられたね。
「……やられてねーよ」
負けず嫌いな俺はやられたと聞いて反論した。
実際俺の方が長く立っていたはずなので間違ってはいないだろう。
「ここにいた連中は?」
———みんなもう行ったよ。そうそう、蓮って子と琴葉って子から伝言だよ。あの子らも神を伝言板代わりにするとはなかなか面白いね。蓮って子は“1年後覚えとけよ”ってさ。
口調でわかる。
かなりおかんむりだ。
「そりゃこえーな」
———それともう一つ。
「?」
———“お前はいつも詰めが甘い”だって。
「!」
それは、今まで何度も蓮から言われた事だった。
ガキの頃からこう言うことになればいつも言われる。
「………ちくしょう」
そのまま続けて、ことはの伝言も聞いた。
———琴葉って子からは、確か“頑張ってね”だったよ。
「……はは、なんだそりゃ」
それはこっちのセリフだって感じだ。
SSSなんてものを持った以上否応無く頼られるだろう。
これから大変なのはあいつの方だ。
———怪我が治ってるのは君の先生のスキルだよ。彼女にピッタリのスキルだね。
骨折が治っており、出血も収まっている。
今度礼を言っておかないと、と思った。
「なあ、神サマ、あー、名前とか無いの? お前」
———……お前と言われたのは実に1000年ぶりだよケン君。全く君ってやつはもう少し神に敬意を払えないの?
「やだね、だってお前見た目ガキじゃん」
———まあ、そういうとこは嫌いじゃない。名前か、うーん、人々からは僕は知恵の神と呼ばれているよ。特別にこれと言った名前はないな。あっ、そうだ、君がつけておくれよ。
いきなり突拍子の無いことを言い出した。
———突拍子無くないよ。君が名前のことを言い出したんじゃないか
「読むな! 人の心を!」
———まあまあ、それで名前は? いい感じのやつを頼むよ。
いきなり名前と言われてもな……知恵の神、知恵、賢い感じがいいよな。賢、は俺の名前だし、となると……智……とか。うん、それでいい。
「それじゃあ、“智”ってのはどうだ?。智は日本で賢いやつを指す漢字だ。俺と合わせて“賢智”って熟語もできる」
———……君ホント烏滸がましいね。
「とうとう神にまで言われたか」
———いいさ、それじゃあ今日から僕は知恵の神トモと名乗るよ。
「いい心がけだ」
———……
遂に突っ込まなくなった。
「そろそろか? 時間」
俺の方から話を切り出した。
———ああ、そろそろだ。もう決まったかい?
「……ああ。もう考えた。5文字だったっけか?」
———うん。じゃあこの時くらい神様っぽくしないとね。
声が聞こえなくなった。
瞬きをする。
そこには子供がいた。
「じゃあ聞くよ」
「……!!」
ぞくりとした。
俺たちとは完全に切り離された最上の存在。
あまりの迫力に世界が反転したかのように錯覚する。
「汝の願いを、ここに」
辺りは雰囲気が変わる。
肌がピリピリするこの感覚。
こいつが神だという事実を改めて感じた。
「さあ、君の願いはなんだい」
「俺の願いは、」
考えた5文字で表現できるものをひたすら考えた。
全文を5文字で表すなら〜欲しいなどを末尾につける必要がある。
俺はその部分を「くれ」ということにした。
となると後は3文字。
これで表現できる物はだいぶ限られている。
スキル、魔法、剣、色々あるがパッとしない。
だが、俺は一つ、欲しいものがある。
一見頼りないかもしれない。
しかしそれは使い方次第で何よりもの武器になる。
最強の武器だ。
俺の願うものは———
「『知恵をくれ』」
知恵だ。
情報、知識、それは使い手次第で活かすことも殺すこともできる。
成功者というのは知恵を持つもの。
人間が地上でこれほどまでに繁栄できたのは、知恵があったから。
俺はそれが欲しい。
その極地である神の知恵を。
僅かでもいい。
俺に神の力を……!
トモの反応は、
「……素晴らしい。素晴らしいよケン君!」
当たりだ。
「今までも奴らはやれスキルくれだの、若さくれだの、魔眼くれだの、くだらないものしか頼まない愚か者ばかりだった。僕は知恵の神だと言っているのにもかかわらずだ」
憤りが見えた。
トモは多分自分の知恵を欲する者を求めていたのだ。
「授けよう。僕の知恵を。全知の神と謳われた僕の知恵を! さあ、 受け取るといい!」
俺とトモの間に光が現れた。
わかる。
これがどれほどとてつもない物だというのが直感的に感じられる。
俺はそれにゆっくりと触れた。
なんだ、これは!
膨大な知識が頭の中を駆け巡った。
今までの俺の知識なんて小さいことこの上なく感じる。
現世のこと、異世界のこと、あらゆる情報が脳に叩き込まれていく。
それだけでは無い。
これらをより効果的に使うための情報。
これはまさに“知恵”だ
「スゲェ……!」
想像以上だ。
これが神。
俺は今、神の領域の一端に足を踏み入れているのだ。
偶像などではない本当の神の知恵だ。
「凄いだろう。これが神だ」
「ああ、トモ、よーくわかったぜ。これ程までとは思わなかった。今までの俺の態度は確かに烏滸がましかったな。今更変えるつもりは微塵もねーけど」
「それでいいさ、僕は君のそんなところが気に入ったんだから」
光は消え、元に戻る。
生まれ変わった気分だ。
———気分はどうだい?
俺は満面の笑みでこう言った
「ああ、サイコーだ!」
「結構結構」
トモはふわっと空中に浮いた。
「それじゃあ時間だ。1年間修行に励んでくれ。どうすればいいのかは、君のここが知っている筈さ」
トモは頭をトントンと指で叩きながら言った。
「おう!」
トモはニコッと子供のように笑った。
「では、また会おうケン君」
「ああ、ありがとう」
俺はそこから消え、修行場と呼ばれる場所へ転移した。
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転移後さっきまで俺がいた空間に数人の人影があった。
「やあ、1000年ぶり」
「おう、久しいな」
「ええ」
男と子供と女。
彼らは神だ。
子供はもちろんトモだ。
「どうだ、当たりだったか? 知恵の」
そう言ったのは屈強そうな男だった。
「大当たりさ、力の。今までで最も素晴らしい」
「へぇ、奇遇だな。俺もだ。お前さんはどうだ?命の」
命の、と言われたのは、どこか妖艶な雰囲気を出した女だった。
「私もよ。私好みのいい子だったわ」
「それは凄い。となると奴らもいいのがいたのかな? あ、後今日から僕のことはトモって呼ぶように」
「あん? なんだそりゃ」
「付けてもらったんだ。いいでしょ」
「はっはっは、そりゃいい。お前んとこのはよっぽどだな知恵の。俺も会ってみてぇもんだ」
しばらくの間大男の笑い声が鳴り響いていた。
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「クシュン! 誰か俺のこと噂してんな? ま、年がら年中どっかしらのボンクラから噂されてんだけど」
修行場というのは小さな小屋と1年分の食料と、そして無限に広がる草原だった。
「いいとこだな。あー、清々しい。1年間かったりぃガッコに行かなくて済むぜ」
何をすべきか、あいつは俺にそう言った。
どうすれば強くなれるか。
そのための知識は全てある。
「そんじゃいっちょ、始めるとするか」