第496話
程なくして解散し、ユースル達は王が用意した部屋へ向かい、フィリアと蓮はフィリアの部屋へと向かった。
少し疲れたのか、フィリアは足元が覚束ない様子だった。
「フィリア様、体調が優れないみたいですが………」
蓮は心配そうに声をかけた。
するとフィリアは、かぶりを振って返答する。
「いえ、体調は大丈夫ですわ。ただ………」
何か言いかけると、ちょうど部屋に着いていた。
フィリアはノブに手をかけ、扉を開こうとした時、
「フィリア」
と、名前を呼ぶ声が聞こえた。
フィリアを呼び捨てで呼ぶ者は殆どいない。
例外で、七海が愛称で呼んでいるが、それ以外は基本的に敬称付きだ。
フィリアはふいっと振り返った。
そこを見るとなんと、
「なっ………お父様!?」
「!」
蓮は即座に振り返って跪く。
「少し用がある。ここでいいから聞け。それとレン。主にも関係する故、立ち上がる事を許す。そこで聞け」
「はっ」
蓮は立ち上がって国王の方を見た。
その様子を見た国王は、頷いて話をし始めた。
「一度しか言わぬ。よく聞いておけ」
妙に緊張感のある空気に、2人は嫌な予感がしていた。
何か大きな事を告げられる、と。
それも2人にとっては決して良くはない事が告げられると確信した。
「レン、お主を騎士団長に命ずる事が決定した。つまり—————————フィリアの護衛の任を解く」
「「!?」」
驚く2人を他所目に、間髪入れずもう一言付け足した。
「そして、フィリア。お前には明日にもルーテンブルクに出向いてもらい、そこで王子と暮らしてもらう」
「————————————」
フィリアは絶句し、茫然と立ち尽くした。
国王はそれだけ言うと、以上だと一言言って、帰っていった。
突然現れ、唐突に告げた国王。
意図は感じるが、それでも簡単に文句を言う事は出来ない。
ここはそう言う世界なのだ。
「………」
フィリアはキュッと口を結ぶと、蓮を置いて部屋へと駆け込んだ。
「っ!? フィリア様!!」
蓮はノブに手をかけるが、そこで気がつく。
鍵を掛けられているのだ。
ノックする。
しかし出てこない。
「フィリア様!!」
「………」
返事はない。
だが、言いたい事はわかる。
蓮はピタリとノックするのをやめ、扉に手を当ててこう言った。
「フィリア様。気を確かにお持ち下さい。突然の事で驚かれたかもしれませんが………」
「レン」
蓮はふと顔を上げる。
そして、こう告げられた。
「『私は大丈夫』」
「———————————————!」
その瞬間、記憶が揺さぶられた。
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これは、愛菜が病に伏せていた時の話。
つまり、彼女が亡くなる少し前の話だった。
「あ、蓮」
そう言ったのは、ケンの妹であり、蓮の最愛の彼女であった愛菜だった。
ここは彼女の自宅。
どう言うわけか、彼女は入院しなかったのだ。
だから家で療養している。
や、と手を振った蓮は、少し辺りを見回す。
どうやらケンはいないらしい。
「お兄ちゃんならさっき出てったよ。にひひ、入れ違いじゃん。これでイチャイチャ出来るね」
軽口を言う愛菜だったが、見るからに体調が優れない様子だった。
だが、そこで自分がシュンとすると、愛菜も気分が沈む事を、いい加減付き合いの長い蓮はわかっていた。
「確かに、ここなら誰も見てないしね。イチャイチャする?」
「う………このイケメンめ………照れるからやめて、ょっ、ッゲホッ、ゴハッッ………………!!」
「愛菜!!」
苦しそうに咳き込む愛菜。
蓮は慌てて駆け寄るが、愛菜は手をあげて静止させた。
「………だい、じょうぶ。ケホッ………大丈夫だから」
少し深呼吸をして落ち着く愛菜。
少し間を置くと、青ざめたかおでニコッといつもの笑顔を見せた。
「ごめん、蓮。ちょっとだけ寝たい」
「そっ、か………うん、ゆっくり休んで」
だが、蓮はそう言いつつ、その場から動こうとしなかった。
それを見た愛菜は苦笑して、
「そんな心配しなくていいって。きっと治る」
そして、こう言ったのだ。
「“私は大丈夫”」
それを聞いた蓮は、少しして、自分がいても何も出来ないとわかり、退出した。
布団に小さなシワが出来ていたことに気づいても、何も出来なかった自分を責めながら。
そしてこの数日後、愛菜は死んだ。
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ドアノブがカタカタと震えている。
やはり、この辺りは良く似ていると蓮は思った。
そしてこの状況も、全然違うようで、どこか似ているような感じがした。
あの時、蓮は何も出来なかった。
だが、今は違う。
どうにもならない事じゃない。
道は細くとも、それは道で、そこに確かに存在する。
ならば、ならば俺は—————————




