第495話
ここは玉座の間。
国王に謁見するのはいつもこことなっている。
現在、この場には国王と数名の家臣。
騎士団長クラスの騎士が数名と勇者2名に、加えてフィリアの姿もあった。
そして、見知らぬ男らの姿もあった。
「ご機嫌麗しゅうございます、国王殿下」
そう言ったのは、レモンイエローの髪をたなびかせた青年だった。
その風貌は、まさに王子。
どこかで見たような鋭くて穏やかさも併せ持ったような眼と、まるで造形物のような整った顔立ち。
身長は高く、立ち居振る舞いはなんともいえない上品さを漂わせていた。
「うむ。遠路はるばるよくぞ参った、ユースル王子」
玉座から、国王アルスカークはそう言った。
少しいつもとは違い、どこか人を舐めたような態度が無く、観察するような真似もしなかった。
それもその筈。
目の前にいるのは同盟国になるであろうルーテンブルクの使者であり、王子なのだから。
「はっ、お気遣い痛み入ります」
ルーテンブルク王国第一王子 ユースル・ルーテンブルクは跪いてそう言った。
後ろに控えているのは、護衛の騎士達。
手の甲に浮かんでいる紋様は、ルーテンブルクの象徴ともいえる文化である呪印だ。
と言っても、呪いなんかではなく、これは生まれ持ってルーテンブルクの血筋の者に発現する特殊な体質が生み出す副作用のようなものだった。
そしてそれは、もちろんユースルの手の甲にも。
「うむ。して、今日は何用で王子自ら参られた?」
「はい、此度の婚約にあたり、一度挨拶に伺おうと」
ユースルはチラッとフィリアの方を向いた。
目があったフィリアは顔色一つ変える事なく小さく会釈した。
「!」
ユースルは一瞬笑みを浮かべると、再び正面を向いて元の表情に直していた。
「ふむ………そうか。王子自ら来ることも珍しいが、なるほど。色々と変わっているのだな」
これはわかりやすい政略結婚だ。
だからわざわざ挨拶をするにしても、普通は自然に会う時くらいのものである。
確かに、王族としては変わっているだろう。
「長旅で疲れているであろう。ゆるりとしていかれよ」
食事や風呂など、ある程度のもてなしは用意していた。
しかし、
「よろしいでしょうか?」
「む?」
「色々とおもてなし頂き大変恐縮であります。是非そうさせて頂きたく思います。ですが、まず王女殿下と少しお話をさせて頂きたく存じ上げます」
どういう意図か、ユースルはそう言った。
すると、国王は片眉を釣り上げて、「ほぅ?」 と言うとこう答えた。
「そうか。それならば構わぬ。すぐに場所を設けよう。すまぬが暫し待たれよ」
「はっ」
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お互い護衛を一人のみをつけて、個室でする事になった。
ユースルの護衛は、糸目の女性だった。
肌の色、顔つき、髪の色からして、おそらく日本人だろう。
そして、フィリアの護衛は蓮だった。
どう言う意図か、国王直々の指名だったのだ。
「お久しぶりです、フィリア殿。お覚えいただけていますか」
「ええ、もちろんですわ。ユースル様。三ヶ国会談の時、でしょう? 姉の代理でお父様に同伴した時に貴方にご挨拶した記憶があります」
どちらかと言うとフレンドリーな雰囲気を出しているユースルとは対照的に、フィリアは警戒心を剥き出しにしていた。
「………嫌われていますね」
「いえ、嫌ってはおりませんわ」
「ふむ………」
その様子を他所でじっと見る蓮と護衛の女。
護衛の女は知的で物静かそうな………
「ああ………困っているユースル様もかっこいいなぁあの笑顔がもうたまらないそうおもいません?でもあの王女様少し生意気かなと思うんだけどそこんとこどうなのっておもっちゃうただ王女様だからへたに文句言ったら私殺されるよねだからもんくは言わないけどせめて呪詛くらいしておこうっておもうのまぁ私呪いなんてできないんだけどね」
と思っていた蓮は目を丸くして話を聞いていた。
そう、この女無表情で静かだが、口を開けばそのマシンガントークはみんなをドン引きさせる程であった。
(なんかすごい喋る………)
蓮も例に漏れず、ただ少しだけ引いていた。
「あ、野々江 虎々奈だよ」
「あ、えっと………獅子島 蓮です」
こちらは険悪にはならなかったが、よくわからない空気が流れる。
ただ、流石は蓮といったところか。
「王子殿下を慕っているんですね」
「! いやぁ、わかっちゃいますか。この溢れ出る愛が」
「はい、とても」
例え引いたとしても、すぐにコミュニケーションを可能とするあたり、慣れているな、と感じさせる。
そうやって会話をしていると、今度はフィリア達の方が蓮の方を見ていた。
「あーっ、また別の女………………」
フィリアはギリギリと奥歯を鳴らしながらいつも通り嫉妬に燃えていた。
「………————————————」
その瞬間、
「どうなさいました?」
「!」
一歩。
確実に何かをしようとしたユースルのところまで飛んで行った蓮。
剣を握るそぶりも、拳を振り上げるそぶりも見せないが、蓮は確かに敵意を向けていた。
「フフフ………いえいえ、ただ確認をしたまでです。なるほど、そうですか………」
だが、それだけでも終わらない。
蓮は静かに驚いていた。
何故なら、虎々奈は確実に蓮の動きを捉えて、様子を伺っていたからだ。
ただの挨拶。
ユースルはそう言ったが、どうもそれだけで終わりそうにもなかったのである。




