第489話
一定の距離を保ちながら、互いを牽制しあい、俺たちは地上に出た。
隠し通路は一度塞いで、学院の屋上へと向かう。
途中あった教室に、とりあえず第零の生徒達は置いていった。
これ以上巻き込めない。
その後すぐ屋上に出て、再び睨み合いとなった。
これが最後の交渉だ。
これ以上引き伸ばしてもどうしようもない。
どの道決着はまた今度だろう。
ぶっちゃけ他のやつならば強行して殺しても大丈夫だが、流石に天崎は簡単にはいかない。
やはりステータスは三帝を遥かに凌いでいたし、戦闘技術も相当だった。
何にせよ、これで終わりだ。
「………………失敗したでござるなぁ………」
「ハッ、こっちから神器奪い返しゃ十分だろ。欲張りは身を滅ぼすぜ?」
「ははは、まさか。滅びるのはお主らミラトニア側でござるよ」
やっぱり攻め入る気は満々のようだ。
………一つだけ、気になっている。
何故連中は、今になってこちらに攻め入るような真似をしているのだろう。
ずっと冷戦状態なのは知っている。
だが、それにしても破るきっかけくらいはある筈だ。
だから俺は、一つ尋ねてみた。
「なぁ、天崎」
「ん?」
「何でそこまで隣国を狙う。無理に戦争する理由はねェだろ」
俺がそう言うと、天崎は目を丸くした。
そして、思わず、と言った様子で小さく吹き出していた。
「ふふふ………何を戯けた事を………そんなもの、決まっているでござろう」
「決まっているだと………………?」
決まっているような事は何もないと思っていた。
が、どうやらお互い知っていて当たり前な何かがあるらしい。
「………まさか本当に知らぬのか?」
「生憎昔から流行には疎いもんでね」
「はッ、嘘を申せ。知らぬ訳がなかろう」
そして天崎は、衝撃の発言を、俺に向かって飛ばすのだった。
「予言に決まっているではござらんか」
「 」
一瞬、何を言ったのかわからなかった。
それはあまりに聞き覚えがあり、あまりにも俺の認識と違っていた。
みんな知っていて当たり前のもの。
これは、この予言は、そういうものとはもっとも遠いものだと思っていた。
「あのクソ親父………………!!」
まさかいろんな国に触れ回っていたのか?
だとしたらなんて余計な事をしてくれたんだ。
怒りの矛先が一瞬そちらに向きかかるが、まだダメだと意識を引き戻した。
「拙者達は予言に従い、人間界を統べ、この世界の滅亡を阻止する。そのための布石は打った。神の滅却以外の方法としては、ミラトニアも含めた三国を統合させるというのがあるでござる。それならばそれでもいいやもしれぬが、やはりこの国は放っておくにはあまりにも危険でござるよ」
「………危険………か」
というよりは、危険な奴がいるってところだろう。
すると予想どおり、天崎は俺を睨みつけ、こう言った。
「それはお主、特異点の中でも圧倒的はイレギュラーのお主が圧倒的な要因にござるよ。ヒジリケン」
「ハッ、知った事かよ。好き勝手言いやがって。言っとくが、俺はテメェやルーテンブルク側次第で和解するつもりは————————————」
その瞬間、
「それはあり得ぬ」
と、天崎は俺に被せて断言した。
それはあまりにもはっきりとした意見だったので、俺は思わず喋るのを止めていた。
「お主らが拙者らと相入れる事は確実にないでござる。それだけは絶対に言える」
「何を根拠に………」
「そもそもの主義主張の違いでござるよ。お主が受け入れようが、拙者達はこのやり方を止めるつもりはない」
「!! そういう事かよ………………!」
こいつは今ここで断言したのは、協力しないという事ではない。
こいつが断言したのは、人を使い捨てにするあのクソみたいなやり方をやめないという事だったのだ。
先程のこいつの所業を思い出して怒りが沸いてくる。
こいつは友人をも簡単に手にかけるような奴なのだ。
あんなやり方をずっと続けるというのか?
そんなのは、許せるわけがない。
と、考えている時だった。
「!?」
天崎は春達を手放し、フェンスの上に飛び乗った。
どうやら帰還するつもりらしい。
追いかけるつもりはなかった。
下手に追いかけて神威が反応するのは避けたいのだ。
俺は魔法で春とイシュラを引き寄せる。
すると、
「ケン殿」
「あ?」
天崎は顔だけを少しこちらに向けて最後にこう言った。
「この世界は、お主が思っているよりも残酷でござるよ。いずれ選択を迫られる時は必ずくる。それまでに甘さを捨てねば………絶対に後悔する。では、また」
天崎は外へと飛んでいった。
「次は殺し合うでござるよ」
そう言い残して、天崎は消えていくのであった。
完全に見えなくなる頃に、俺はゆっくりと、わからないように神威を使い、春を治療した。
少しばかり時間がかかるが、これなら問題ないだろう。
「………終わったか」
一先ず、一連の騒動はこれで決着。
俺もウルクもようやく一度腰を落ち着かせられる。
「………」
春を治している間、俺は最後に天崎に言われたことを思い返し、反芻していた。
いずれ選択は迫られる。
そんな事は、とうに知っている。
今更言うまでもない。
世界はどうしようもなく残酷、なんて詩のような事をいう気はなかった。
でも、残酷な時は必ず存在する。
それは誰に降りかかるのかわからない厄災だ。
選択肢とは、運命の分岐点だ。
それは避けることは出来ない。
知っている。
よく知っている。
「………………だから俺は、そんなもんをブッ壊せるように、強くなろうとしてるんじゃねェか………」




