第488話
「何………?」
圧倒的優位に立っていた筈の天崎の表情に、初めて揺らぎが生まれた。
俺がこいつの力を警戒しているのと同じ様に、こいつも俺の武器である知能を警戒しているのだ。
だから、あらゆる言動を無視する事は出来ない。
「ハッタリ………とは言えなさそうでござるな………」
「何と思ってくれても構わねーさ。だが、もしかしたらお前の怠慢が俺に起死回生のチャンスを与えたのかもよ?」
「何?」
俺は春を指差す。
そしてこう言った。
「お前、いちいちこいつに自分の仕掛けた神威が残っているのか、確かめてねェよなァ?」
「………!」
よし、あたりだ。
確かめておいてよかった。
これならば切り崩せる。
「確かに、こいつが巫女になる前から仕掛けンなら簡単には取れねー。でも、取れない事はないのな?」
「!?」
天崎の表情が一変する。
「お主まさか………」
「んなおかしなモン、ずっと前に取ったに決まってんだろ」
「ばッ、馬鹿な!? 発動してない限り、拙者にすら認知できぬのだぞ!?」
「でも、俺はわかる。そうだな………お前、今精々 “輪” の解放ってとこだろ?」
「なっ………!?」
輪、と俺は言った。
以前ウルクと会話をした際、あいつは “羽” の解放まで行った、と言っていた。
これでもかなり強力だ。
あいつがちゃんと巫女としての力を引き出している証拠だろう。
だから俺は今回ウルクを出場させたのだ。
まぁ、恐らく中止になるだろうが。
この輪や羽というのは、神威が使える者達の進化段階の様なものだと考えていい。
羽、翼、輪、という風にどんどん上がっていくたびに名称が変わる。
「輪じゃダメだ。せめてこの場を凌ぎたいのであれば………………“天輪”が必要だ」
「なっ………天輪、だと!? ではお主は………!」
驚愕する天崎に、俺は予想どおりの答えを言った。
「ああ、俺は更に上だ」
「————————————!!!」
天崎は咄嗟に神威を発動しようとする。
だが、
「動くなッッ!!」
「!」
「今神威を発動させようものなら、俺は即座にそれを破壊する。へたに攻撃されては敵わんからな」
俺は敢えてそう言った。
神威を発動させて確認されるとマズイ。
何故なら、さっき俺が外したというのは、完全にハッタリだからだ。
攻撃と言うことによって、俺が確認する事に意識がないことを、向こうに意識させる事が目的でそう言ったのだ。
「お主………」
「残念ながら、お前が人質を取っている事には変わりない。神威汚染の解除が交換条件ではなくなったからウルクは呼ばねェが、お前を逃すことに関しちゃ、仕方ねェだろうな」
形勢逆転、とまではいかないが、何とかイーブンまで持って行けた。
これが現時点での最善。
だが、まだ2人が危険な状態である事には変わりない。
「2人を返せ」
「それはまだできぬな。このままこの者らを返してしまえば、明らかに不利でござろう?」
「チッ、流石にそこまで馬鹿じゃねェか………」
一度地上に出て、そこで人質交換するべきだろう。
しかし、俺にはまだやっておかねばならない事があった。
「じゃあ、お前の力で柩のなかに閉じ込められている生徒を外に出してくれ」
「生徒………? ああ、確かアルシュラという女子と一度対話したでござる。なるほど、この中には人が入っておるのか………だから先ほどのあれは………」
最後の方は聞き取れなかったが、俺はそのまま続けた。
「そうだ。中には生徒がいる。せめてそいつらは解放しろ。やりたくはねェが、お前が解放しないのであればこれを破壊してお前も殺す。そうなれば命の神も終わりだろ?」
「! お主それも知っておったか………」
そう、特異点を失った神は、地上に干渉するための力を著しく減少させてしまう。
そして、仮に消滅させた者が他の特異点だった場合、その神は消滅する。
「いや、拙者が知っておるのだから、その程度は当然か………であれば、拙者には一つしか選択肢はないでござるな」
天崎は天の柩を両手で包む。
その瞬間、
「!!」
謎の光が天の柩を覆い、活動し始めた。
凄まじく濃い力だ。
直接相対して、神器というものが何なのかよくわかった。
「これが神器………! こりゃ確かに俺じゃ作れねェな………」
そして、恐らくだがその場で仮契約をし、天の柩を操作し始めた。
ガチャガチャと機械のような音を立て、手のひら程の大きさの棺は、透明で巨大な球体へと展開されていった。
「なるほど、こういう作りでござったか………」
天崎は再び機械のような音を鳴らすと、俺の目の前に巨大な魔法陣を作った。
そしてその瞬間、その魔法陣の上に中に入っていたであろう生徒が全員現れたのだった。
「こいつらが………」
俺はゆっくりと近づいていく。
そこに1人、見覚えのある生徒が混じっていた。
「よう、生身じゃはじめましてか? アルシュラ」
俺は意識のない少女にそう語りかけると、再び天崎に視線を戻してこう言った。
「場所を変える。地上に行くぞ」
「承知した」
俺は第零の生徒を連れ、天崎は春達を連れて地上へ向かった。




