第486話
「………………」
遺体は全て消えてなくなった。
茫然自失といった様子で、流は立ち尽くしていた。
「なーちゃん。これが命ちゃんのやり方だよ」
「………」
「命の神様に傾倒してる命ちゃんは、神様の望みをどうしてでも叶えようとしてる。足手纏いは全て排除。邪魔者、裏切り者に関しては言うまでもなく殺し尽くす」
「………」
留華は流を見た。
そして、流に手を差し伸べながらこう言った。
「なーちゃん、今ならまだ大丈夫。こっちの情報を流してもう一回仲間になって裏切らないと誓いさえするなら、きっと許してくれる。だから………」
ゆっくりと顔をあげる。
そして、流は姉を見た。
どんな表情だったか。
さぞ煮えくり返っている事だろう。
さぞ後悔している事だろう。
なのに、そのはずなのに、
「姉貴………もう、帰れ」
「え………」
その瞬間、少しばかり怖気が走った。
「………………………!!」
それは、俺にとっては恐怖というより、気味の悪さから来たものだった。
声も、姿も、何も変わらない。
なのに、まるで殻を破った虫のように、別のものが出てこようとしているような、そんな感覚だった。
「………みんな救いたかった。みんなでもう一度バカやっていたかった………でも、もう駄目だ。天崎は明らかにやり過ぎた。だから………どうやってでも殺すしかない」
今までとは打って変わって、圧倒的な程に意志のこもった言葉。
そのあたりのごろつきが言う中身がなく骨のようにすかすかな「殺す」とはまるで違う。
流の「殺す」には、しっかりとしていて硬く強い肉が込められていた。
そして、流の体がゆらりと動く。
そのまま留華の方へ行くのだが、明らかに動きがいつもの流のそれではない。
あれはまるで、暗殺者のものだ。
「………………………——————」
距離を詰めた流が留華を見つける。
手出ししないのは、あそこで留華どうこうしようとしてもあの場にいないからだ。
あれは思念体。
しかも魔法ではなく固有スキルなので、魔法にあるような制限がない便利なものだ。
その見つめられている留華は、酷く驚いたような顔で流を見ていた。
そして何かを呟いた。
「なん、………………な………が」
あまりに細々呟いていたので、何と言ったのか聞き取れなかった。
そしてさらに、流も何かを耳下で囁いた。
「————————————」
「 」
大きく目を見開く。
そこにあったのは、絶望。
何か大きなものを壊した後悔から生まれた絶望が、留華を染めた。
「………」
流は振り返ってこちらへ戻って来る。
留華は最後に流に言おうとして——————
「なーちゃ————————————!!」
間に合わず、思念体は消滅した。
「………」
流は振り返らない。
ただまっすぐと、歩く。
「………流、お前………」
俺は流の目を見た。
ふざけた雰囲気も、余裕顔もないが、いつもの目だった。
でも、ほんの少しは違っている。
その目の奥には、確かな違いがあったのだ。
流はしばらく黙った。
考えてみれば、こいつにとっては唯一の肉親との決別なのだ。
そりゃあおおごとだろう。
いまはそっとしておいたほうが良さそうだ。
俺は展開術式を解除しようとした。
すると、流は徐に手を組んで力の抜けたような姿勢になった。
そして流は、ゆっくりと口を開いて、話始めた。
「………俺は人殺しが厭だ。嫌いじゃなくで
て、厭なんだ。自分の手の中で、その人の人生とか、夢とかを色々台なしになるような感覚が………厭、なんだ………………あいつらはおかしい。いや、おかしくなった。邪魔だと判断したら躊躇なく殺す。機械的に殺すやつだっている………でも、アンタは違うね。アンタは殺しという意味を理解して、その上で必要なときは殺している。目的も意味も理解した殺しと、あいつらがやっているような、目的のためだけの殺しとは違う」
「………」
複雑な気分だった。
俺も殺しは厭だ。
それに人死は誰よりも気にすると思うし、誰よりも嫌うだろう。
それでも悪人を躊躇わず殺せるのは、それ以上に、仲間の死を見たくないからだ。
結局のところ俺も同じかもしれない。
それでもこいつに、俺が違うように見えているのなら、それはきっと、俺が人の死を誰よりも恐れている事に、何処かで気づいているからだろう。
「流。一度落ち着け」
「ああ………そうした方が良さそうだ」
一件落着、なのだろうか。
すっきりはしないが、ここで一度落としておこう。
とりあえず、外に出なければ。
俺は展開術式の結界を解除する。
すると、結界の外にはファリスが立っていた。
こんな事が続いたせいか、嫌な予感しかしない。
「どうしたファリス。何があった?」
するとファリスは、いいにくそうに少し目線を逸らすと、俺にこう言った。
「………イシュラとハルの消息がつかめない」




