第484話
耳や唇にピアスをつけた、赤髪ツーブロックの男。
チャラついた感じとは裏腹に何かがあった。
「あ………………染山………」
染山と呼ばれた男はフラフラとこちらへ進んで来る。
なるほど、こいつは本物だ。
戦い慣れている奴のにおいがする。
「はいやー、それは相当ピンチだね。おれっちもなかなか参っちゃうな、こりゃ」
そう言いつつも、どこか余裕そうな表情の王条だ。
男はクルッとこちらを見て呑気に自己紹介を始めた。
「やーやー、どうも。染山 王条です。ジョーって呼ばれてるけど、好きに呼んでくれていいよ、ヒジリケンくん」
案の定俺の名を知っている王条は、無邪気なのほほんとした笑みを浮かべながらそう言った。
「そりゃご丁寧にドーモ。で、染山とやら? お前はあの真っ暗い不気味な捻れた空間にいたって認識でオーケー?」
ここに呼ばれなかった時点で街の中に居なかったのは確実。
かと言って、わざわざ外に待機してたとは思いにくいので、そう考えたわけだ。
恐らく万が一のために避難しておいたとかそんなところだろう。
「! はいやー、こりゃたまげた。わかるもんなんだね。ヤンキーっぽいのに頭が回るってなかなか面倒臭いタイプなんだけど、漫画とかじゃ大体喧嘩出来ないキャラなんだよねー。そこは期待していい?」
「残念ながら脳みそ自慢の癖に暴力が一番得意なタイプだ。諦めろ」
俺がそう言うと、王条は“はいやー” とわざとらしくそう言って額に手を当てた。
「で、こいつら今処刑してやろうと思ってたんだけど、邪魔出来るだけのものを勿論用意してるよな?」
「はいやー、まぁあるよ?」
「!」
「………………」
霧乃の目に多少の光が灯っていく。
己が優位だと思い始めたのだろうか。
だが、優位性で見ると確かに少しまずい状況かもしれない。
条件を絞る。
この場で俺がどうやっても止められない、周囲を巻き込むタイプのスキルで、なおかつ発動開始時間がほぼゼロ、又は術者の死亡で発動してしまうようなもの。
それがSSS、SSに数種類。
万が一の時のために、こいつらを人質にとれるようにゆっくりと戦っていたが、本当によかった。
これならば犠牲を出さないための交渉ができる。
「染山!! 助けて!!」
「はいやー、すぐってのは難しそうだけど、多分ケンくんは君らを解放するよ。いや、そうせざるを得ない」
こちらを見る王条。
そう、現時点ならば俺はそうせざるを得ないだろう。
問題はここからどううまく運んで行くか、だ。
「と、言いたいところだったけど」
「え?」
「おれっち達の力の紛い物とはいえ、そんなのをほぼ全種使えるバケモン相手に余裕ぶってはいられないよねー」
王条はいつの間にか人間に戻っている律人を抱えていた。
手には無骨な注射器のようなものを持っている
どうやらアレを使って元に戻したらしい。
いや………それよりも、これで敵の能力は完全に確定してしまった。
可能性としては考えていたが、正直最悪のケースだ。
「Ex………見てたって事は原典の派生物の差でも見たかったのか?」
「お、やっぱ知ってるんだ。おれっちの能力」
しばらく睨み合う。
その能力には制限がある事を俺は知っている。
今なら………殺せる。
だが、何故か今動いてはいけないと俺の勘が言っている。
「なに………アンタ………ま、まさか見捨てる気?」
「そういう事」
ブチっと、何かが切れる音がした。
王条がそう言うと、霧乃がヒステリックに騒ぎ始めた。
「ふっ、ふざけんじゃないわよ!! 私の能力はこれ以上なく有用だって言ったのはアンタじゃない!!」
「言ったね。でも、正直君の能力はおれっちや惑の代替品でしかないよ? だからね、もうやっちゃいなよ、ケンくん」
霧乃はハッと思い出したかのように俺を見た。
そう、こいつの生殺与奪の権利は今俺にある。
だが、
「待ってくれ聖!!」
再び人が中に入って来る。
そこにいたのは、
「お、久しぶりじゃん。裏切り君」
酷く焦った表情の流だった。
「王条、お前………」
流はかつての友を責めるような目で見た。
「なんで見捨てるかって? おかしな事を言うね、流。君も同じじゃないか?」
「っ………………」
流はルナラージャを脱走してこちらに寝返ったのだ。
当然良くは思われていないだろう。
しかし、流は食い下がる。
「俺は、お前達に前みたいな平和な生活を送ってほしいんだ!! 柄にもない碌でなしの俺だけど、これは本気だ。これ以上罪を重ねて欲しくないんだよ!!」
「………そんなに殺して欲しくないのなら、ケンくんに頼めば? 今刃を振り上げてるのは彼だ」
「聖………………!!」
流が訴えかける。
以前あいつは、仕方ないと言った。
だから俺は、容赦なく霧乃を斬ろうとしたのだ。
今回も、俺に躊躇する理由はなかった。
だが、懇願されてしまったのだ。
どうするべきかは分かっている。
その選択が正しいかもわかっている。
しかし、
「………………」
俺は止むなく剣を収める。
こいつの目の前で、こいつが救おうとしている奴らを殺す事なんで出来なかった。
「楠………なんで………」
「霧乃ちゃんも、有政も、発輝も、大也も、百太も、二楼も、みんな大事な友人だ。この世界に来てもう3年………確かに最初はただのクラスメイトだったけど、もう俺にとっては大事な友人なんだ。死んで欲しくない」
「くすの————————————」
突然の事だった。
バチッッ
「ッ————————————!」
神威。
膨大な神威が現れた。
気づいたのは俺と、恐らくウルクのみ。
だが、異変に気付いたのは、
「お、が…………ぁ、ぁああ」
「霧乃ちゃん………? おい、どうしたんだ!! おい!!」
流は叫びを上げる。
それを見ていた王条からため息が洩れた。
「はぁ………………ケンくんがおれっちに向かってこないのは予想外だったな。手土産があったのに。でももう時間切れだし、最後のお仕事だけ果たさせてもらうよ」
「王条………何した………? ッッ——————答えろッッ!! 王条!!」
悶える霧乃を腕に抱きながら、大声で怒りを露わにする流。
それに対して王条は、無感情にこう言った。
「別に? 仕事しただけ」
霧乃の奇行は、徐々に他の転移者にも伝わっていく。
そして、
「じゃあね」
悲劇は、起きた。




