第474話
「あー、カハッ………はっはっはァ………」
黒煙の奥から、案の定無事な律人が現れる。
よくよく考えれば、大分まともではない。
能力以外にも、体力的に律人は十分常軌を逸していた。
「このままじゃぼかぁ、コゲ島 律人君になっちゃいそうだなァ………」
「………………」
ファリスは退場してしまい、会場にはリンフィアとリル、それと律人しか居なかった。
律人は巫女の為、使い魔は存在しない。
チビ神の場合は、彼女自身が使い魔に扮しているので誤魔化しが効くのだが、命の神はまだ現役なので、そう言うわけにもいかない。
律人はこの植物を使い魔という事にしているらしい。
「さて! やっと2人きりだぁ。ぼかぁ、この時をずっっっと待っていた」
「私はごめんですけどね………」
「おや、連れない。ま、いいさ」
律人はパチンと指を鳴らす。
すると、
「!?」
背後にあった巨大な植物が消えてしまった。
「どういうつもりですか!?」
「どういうつもり? ああ、諦めたと思った? 勘違いさせてごめんねぇ」
「ッッッ………!!!」
ブワッと、滝のような汗が流れた。
殺気、ではない。
これはどちらかと言うと、己から出た反応だ。
リンフィアの本能が逃げろ、と警報の様に叫び続けている。
「リルッッッ!!」
「ああ!!」
リンフィアはポケットからキューブを取り出した、が、
「っ!? た!!」
目に見えないほど早い何かがキューブを弾いた。
地面から生えたツタが、それを律人の方へ運んでいく。
そして、律人の姿を視たリンフィアは、大きく目を見開いた。
「その、姿は………!?」
律人は、全身に植物を鎧のように纏っていた。
随分と小さくはなった。
だが、存在感の度合いがまるで違う。
その壮大な存在感が放つイメージは、まるで何千年も生きている大樹のようだった。
「ん、これ?」
次の瞬間、
「え」
突然腹部から感じる鋭い痛み。
横腹にアロエの葉が叩きつけられていた。
「が………ぼッ………」
額に大きく青筋を浮かべながら、吐血し、膝をつく。
ゆっくりと近づいてくる律人は、リンフィアに近づいてこう言った。
「これ、ぼくの本気」
地面に伏せ、激しい痛みに耐えるリンフィア。
すると、ある気配に気がつく。
2名だ。
今にも飛び出して来そうな気配がした。
だが、それはダメだ。
リンフィアは片方を見て、訴えかける。
もう少し、もう少しだけ戦わせてくれ、と。
「お嬢ッッ!!!」
地面に伏せているリンフィアを見たリルは、爪に魔力を集中させ、律人へ向かっていった。
その首筋に爪が向けられ、刺さる——————というところで、リルははっとさせられた。
「な、に………………」
「お、後ろにいるって直ぐにわかったんだ。じゃあ、ご褒美に、」
「!」
頭を掴まれたリルは、そのまま地面に叩きつけられ、
「はい、ドーン」
先程のアロエが何度も叩きつけられた。
ギリギリで防御に入ったのはいいものの、全て受け切る頃には、既にボロボロになっていた。
「ぁ………………ぉ……じょ……」
「さーて」
律人はリンフィアの方へ向かう。
すると、律人はリンフィアの髪を掴んで持ち上げてこう言った。
「うーん………」
「ッ………!!」
「やっぱりいいね。諦めていない。うん、やっぱりぼく好み。色々したいけど、こうも人目があると手を出しにくいので」
ゴスッッ、と鈍い音がした。
植物を纏った拳が叩きつけられる。
「が………カ、っは………………!!」
声も出ない激しい痛みがリンフィアを襲った。
そして、
ゴキンッッッッ!!!
「ぁ—————————ッッッッぁああああああああああああああ!!!!!」
腕の骨を粉々に砕いた。
「うん、まずは痛めつけて楽しもう。体は後でいいや」
殴る。殴る。殴る。殴る。
律人は何度も何度もリンフィアを痛めつけた。
その度に、リンフィアの口から絶叫が放たれる。
それを見る律人はこれ以上ない愉悦を表情に出していた。
「あああああはははははは!!! いいいいい!! いい悲鳴だなァアアアアアアアアッッッ!!」
顔には一切手を出さない。
美少女を屈服させ、痛ぶるシチュエーションが、何よりも律人を興奮させるからだ。
「ぁああああああああああああああ!! ぅ、いッッ、ッァアアアアアアアアッッッ!!」
「ははははははは!! ははははは!!!」
会場がざわつく。
やり過ぎではないのか、と。
だが、言葉を出そうにも、恐怖で動けるものが誰もいなかった。
何故なら、
「————————————————————」
律人は、それが自分に向けられている事に気がついた。
激しい怒り以上の何かを孕んだ凄まじい殺気。
いつも完璧なまでに殺気をコントロールするあの男が、周囲に殺気を漏らしてしまう程怒り狂いそうになっていたのだ。
だが即ち、それは殺意の度合いの凄まじさを雄弁に語っていた。
殺される。
今まで余裕だった律人から、すべての感情が抜け落ち、恐怖だけが残った。
このまま続ければ殺される。
「………は、流石に、あれには逆らえなさそうだ………………」
ギリギリで恐怖を抑え込み、リンフィアを見た。
ここから先は連れ帰ってやって仕舞えばいい。
流石に人質にとれば、簡単には手を出せないだろう、と律人は考えていた。
リンフィアはケンを見る。
律人の友人とやらのいう通りだ。
リンフィアは、あれ程までに仲間思いの男を見たことがない。
そんな男が、葛藤の末、苦しみにも似た殺気を抑えてでも我慢してくれているのだ。
応えねばならない。
私は大丈夫だと、私は負けない、と。
「………………」
「あれ? まだやる気なのは嬉しいけど、ぼくも死にたくないからね。ごめんけど、続きはぼくらの本拠地で………あ、れ?」
そこで律人ははっと気がつく。
キューブが消えている事に。
そう、キューブは偽物だったのだ。
万が一の時のために、最初は偽物を用意して、相手がそれを奪って油断した時に使おうと思っていたのだ。
「………………あなた、は………危険です………」
リンフィアの手にキューブが握られていた。
奪おうとすればすぐさま割られると思った律人は小さくため息をつき、リンフィアから一歩離れた。
諦める事にしたのだ。
「………それで、どうするの?」
「ここで………………倒します。人質、なんて作らせません………ここで私が勝って、あなたが、人質です………」
リンフィアはそれを胸の前まで持っていく。
そして、こう言った。
「これが—————————今の私の本気ですッッ!!!」
「!!」
リンフィアはキューブを砕いた。
真っ黒なそれは一気に吹き出て、リンフィアの体を包み込んだ。
確かに危険だと言われた。
リンフィアはそれを理解している。
もしこれが封じられた力だったのなら封じられた訳がある筈だ。
それでも、勝たねばならない場面というものはある。
勝つ。
何がなんでもこの男には勝つ。
リンフィアは小さく決意呟いてその闇から姿を現した。
「!!」
律人は一歩下がって警戒する。
何かがある、という確信があった。
古から人々に伝わっている伝説の魔王の姿を身に纏ったリンフィアは、律人を睨みつけてこう言った。
「何がなんでも、この戦いだけは勝ってみせます。私の血の………魔王の誇りにかけて」




