第471話
「さぁ、かかってこい」
ファリスは余裕の表情でそういう。
最悪だ。
おそらく何かしらのハンデは受けているだろうが、相手が悪すぎる。
何せあの三帝。
幾千と存在するこの国の魔法使いの頂天に君臨する最強の魔法使い。
「くっ………」
真正面から感じる圧は、やはりただ事ではない。
少なくともこのままでは絶対に勝てない。
ここでぶつかるのは得策ではないのだ。
もう少しは敵同士で潰しあって貰いたい。
などと色々考えるリンフィアだったが、結局は選択肢は逃げ以外他なかった。
だがしかし、思いもよらぬ一言がファリスから発せられた事により、これらの思考が完全に吹き飛んだ。
「と、思っていたが………………うん、止めだ」
あっけらかんと放たれた一言は、リンフィアから容易に思考を奪った。
「え………?」
ポカンとするリンフィアに構わず、どこか急かすようにファリスは続けた。
「エドガー・リヒトー。優秀な生徒だが、あれは奴の魔法でも、使い魔でも、その能力ですらない。あの一帯の席をみろ」
なんとか指示を聞けたリンフィアは、言われた方を向く。
そこにいたのは、恐らく総合科のクラスだった。
見た顔がいくつかある。
彼らは少し困惑したような顔で律人を見ていた。
「あの植物………奴の魔法と言ったが、そもそもそう言ったものでもないな………うん、構造も見えないな………なるほど、未知か………」
すると、やっと我を取り戻したリンフィアは、溢すようにこう言った。
「固有スキル………」
「固有スキル? ふむ、ケンから聞いたことがあるな。異世界転移者が持つという特殊なスキル………なるほど………回し者と言うわけか。つまり————————————」
「っ………」
はっきりと、目が合わなくて本当に良かったと思った。
怒り。
そんな生優しいものでは断じてない。
それは決して一言では言い表せない、いや、済ませてはいけない負の感情。
「————————————私の生徒ではないという事でいいのか?」
「ッッ————————————!!!」
リンフィアはファリスの表情に、絶対的な畏怖を覚えるのだった。
推し量れない感情を剥き出しにしたファリスに、圧倒されてしまっていたのだ。
少しすると、ファリスが改めてリンフィアの方を見る。
「リンフィア、私たちの間では取りあえず戦闘は無しだ。この公共の場とルール上では、奴をどうこうすることは出来ない。下手に生徒を不安にさせる事は避けたいのでな………先に、奴を片付けるぞ」
「………! はい!!」
2人が共同戦線を張ったと同時に、まるで狙ったかのようなタイミングで巨大な破裂音と爆風が起こった。
「「!!」」
2人は音が聞こえた方を向いて構えた。
「どうやら向こうから来てくれたらしい」
「そうですね………」
リンフィアは少し複雑な心境だった。
突如として敵が現れたと思えば、それがファリスで、敵と思っていたら今度は味方になっている。
目まぐるしい状況の変化に少しの困惑と頼もしさを感じていた。
隣にいる事が、こんなにも心強い女性は、今まであまり会ったことがないのだろう。
不思議な感覚だった。
「なるほど、面白い組み合わせだなぁ」
植物のツタを見にまとわり付かせた坊主頭の男がこちらに近づいてくる。
「ミラトニア王国最強の3人、三帝の一角を成す魔法使い。ファリス・マギアーナ。こんにちは、学院長」
「久しいな、エドガー。会話をするのは1ヶ月ぶりか? よくもまぁ、私の前に顔を出せたものだ」
その声には、静かな怒気が確かに籠もっていた。
「特科の誘いを蹴ってわざわざ一般の試験から入ったのは目立たない為か?」
「というよりも担任があなただったからですよ、学院長。ぼかぁね、あなたを十二分に評価しているつもりです。今やこの世界の魔法の概念の中心たる詠唱魔法を超え、古代の魔法にまで手を出せている者は魔族を除けばあなたくらいでしょう。あ、ヒジリケンみたいなチート野郎は無しですよ?」
律人はケタケタと笑う。
「それとぼくの名前はエドガーじゃなくて律人っていうんですよ。ぼかぁ、偽名に自分の名前をつけちゃってたわけですねぇ。ま、どうでもいいですけど」
さて、と律人は会話の内容を変えて来た。
何をいうつもりか、突然真面目な表情になってこんな事を言った。
「あなた、こっちの国で色々ごちゃごちゃやってますよね? いや、うちどころかルーテンブルクにも手を出している」
「ほぅ? よく知っているな」
と、ファリスがあっさり認めたので、リンフィアは驚いていた。
他国を探るなんて行為をあっさりと認めて良いのだろうか。
「でも、目的はわからないんですよねぇ。そこで、」
すると、律人は植物の形をパキパキという音とともに変えた。
律人はニィッと笑う。
そしてこう言った。
「ぼくが勝ったら欲しいものをくださいよ」
植物達は恐ろしい数の棘を持ったバラに変わっていった。
植物ながら、その強度は鉄のそれとまごう事なかった。
「あなた………あなた方の目的の情報と、」
それはリンフィア達の方へと向かって行った。
そして律人はこう言うのだった。
「——————ヒジリケンの絶望だよ」
「こッッ、ッ………………」
飛び出して防ごうととしたリンフィアを、ファリスが制す。
「そうか。だが生憎私は教師でね」
目の前に泥が現れる。
加えて数種の柔らかい魔法が棘を包む。
そして、弱い土魔法で薔薇を最も簡単に留めてしまった。
「!?」
リンフィアは素直に驚いた。
土魔法は貫通力に弱い為、薔薇の棘で簡単に貫かれてしまう。
そこを柔らかい魔法で覆ってクッションにし、衝撃だけを伝えさせたという訳だ。
ファリスは律人にこう言った。
「例え自分より優れた生徒でも、守るのが我々教師の務めだ。さぁ、掛かって来るといい、異世界人」




