第467話
「勝てない、ねぇ………」
まさかそんな事を言われようとは。
向こうはよほど徹底的らしい。
………徹底的と言えば、連中の強さ。
あれは並大抵の事では手に入らないだろう。
だが、何故だ?
奴らは人間界の国を全て狙っているのか?
いや………そもそも連中が召喚された理由は、俺たちと同じなのか?
何故ああまでしてあそこまで強くなろうとした?
やはり情報が足りない。
だが少なくともこれだけはわかる。
向こうは完全に、戦う意思があるという事だ。
何処とかは知らないが、あらゆる手段を使って徹底的に強くなろうとしている。
特異点がいればこそ出来ることをやっているのだろう。
それこそ、非人道的なまでの事を。
「………………」
蓮達の事を思い出す。
これも俺が出て行った理由の一つだ。
特異点が、他の勇者………神から力を授かった転移者に与える影響を万が一国が把握していた場合、間違いなく利用される。
だが俺がいなくなれば、万が一は起こらない。
そうするしかなかったのだ。
まぁ、今となれば後悔はない。
むしろよかったと思える。
「………ごちゃごちゃ考えるのはやめだ。今俺がやるべきことは————————————」
その刹那、えも言えぬ不快な感覚が全身を包んだ。
「ッッッ!!」
魔力を暴走させ、体内でオーバーヒートを起こさせた。
精神異常系統のスキルはこれで大抵解除出来る。
この前の合宿で程度はわかった。
これくらいなら固有スキルでも解除できる。
「………ネズミが入ったらしいな」
先程の視線は、おそらく今俺を狙ったやつと同じやつからのものだ。
いよいよ直接俺を狙ってきたか。
「まぁ、いい。とりあえず守護からだ」
俺は、ウルクやリンフィア達のいる学院へ向かった。
この時から何と無く嫌な予感はしていた。
だから俺は、ほんの少しの後悔を抱く事になる。
どうしようもない事だった。
俺は味方以外に目を遣る事をしなかった。
これはそれ故に起こる悲劇。
俺はまだ、その悲劇を知らなかった。
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「それでは、出場生徒の方は出場ブロックを決めますので、係員の指示に従ってくじを引いて下さい」
会場に着いたら、ちょうどくじ引きを始めたところだった。
急いで並んで、順番が回ってくるのを待った。
「ふぅ………なんとか間に合いましたね」
「そうですね。結構ギリギリでしたけど間に合ってよかったです。それはそうとラビ、中々身のこなしが軽くなったな」
ここにくる途中のラビの動きの違いに気が付いたのだろう。
無駄な動きが取れて、より効率的に動けている。
「へっへん! ししょうからいろいろおしえてもらってるのだ! さいきんはじかんないって言ってるけど、なんだかんだおしえてくれるぞ。あ、そういえば、ウルクねえも出るんだっけ?」
「うん、出るよー。みんなブロックバラバラだといいけど………難しそうだねー」
予選ブロックは6つ。
綺麗に別れる確率は決して高くはない。
と、そんなこんなで話していたら、いつのまにか順番が回ってきていた。
「次の生徒、2名づつ前へ」
まず、ラビとニールが出た。
用意された箱に手を突っ込み、そこから一本色のついた棒を引く。
すると、
「げ!! うそ!?」
「あーあー………」
ラビの顔からさーっと血の気がひいていく。
ニールはと言うと、あーあとやってしまったかのような顔をしていた。
「え………まさか………」
リンフィアはそう言って2人の持っている棒を見た。
そう、被ったのだ。
「うわーーっっ!!! そんないないよぉ!!! なんでよりによってニールねえなんだよーーっ!!」
「仕方ないだろう。諦めてかかってこい」
そのままトボトボと歩くラビを、原因であるニールが慰めながら先に奥へ行った。
「では次の生徒、前へ」
2人の間に緊張が走る。
私も被ったらどうしようと思っていた。
さっきはああ言ったリンフィアだが、正直予選ではまだ当たりたくなかった。
ウルクもまた、当たりたくないと思っている。
「それではくじを引いてください」
緊張は、特にウルクが酷かった。
万が一負ければ、ケンの手に天の柩が渡らなくなる可能性もある。
それはダメだと考えると、正直ニールと当たるだけは不味かった。
「くじを引いてください」
淡々のそう言う係員の言葉ですらいつもと違って聞こえる。
ウルクは祈りながらバッとくじを引いた。
リンフィアもほぼ同時だった。
そして——————
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「ふぅ………」
リンフィアは、知り合いのいない待合室で1人になっていた。
リンフィアとウルクは、なんとか被らずに済んでいた。
ニール達に………と言うよりはラビには気の毒だが、少しホッとしている。
「それにしても………」
周囲を見渡す。
中々実力者が多い。
最大の鬼門だった特科の2クラスとニールに当たらなかったのはよかったが、ニールとは別クラスの特等の戦闘科や、他の学科の特等も2名いた。
加えて教師もだ。
「強い人多いなぁ………思ったより緊張します………」
少し心細かった。
すると、
「おやぁ? 1人?」
後ろから赤い坊主頭の男が話かけてきた。
何度か見かけた顔だ。
「あなたは、確か総合科の………」
「ぼかぁエドガー・リヒトーだ。うーんと、君は見覚えがあるね。確か先生が優秀だって言ってた………」
「リンフィアです。えっと、リヒトーさんも出場するんですか?」
「まぁね。押しつけられちゃったよ。ぼかぁ、戦いは苦手なんだけどね。でも生き残るのは得意なんだ」
リンフィアはへぇ、と思った。
生き残るのが得意、つまりしぶといと言うことだ。
なるほど、そう言う戦い方もあるのだろう。
確かに、攻守だけが戦いではないのだ。
「予選一回戦からだね。お互い敵同士だけど、まぁ頑張ろう」
「はい!」
エドガーはそう言うと、何処かへフラフラと行ってしまった。
いつのまにか、リンフィアの緊張は少し解けていた。
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「リンフィア………リンフィア………」
赤い髪をポリポリとかく。
今出会った少女の名を声に出して反芻した。
男にとって、他人の幸福は自分の幸福だ。
幸せであれば幸せである方がいい。
笑顔が絶えず、どこにも影が無いようなそんな人物である程嬉しい。
——————何故なら、彼にとって幸福は喰い物だったからだ。
喰らう。
喰らって喰らって喰らいつくす。
相手がより幸福であるほど、これを壊して味わえることに対する歓びが増していくのだ。
「ああ………………いい、ありがとう命さん。今日もあなたに感謝を込めて」
優しげだった表情には見る影はない。
掻き毟っていた頭からいつの間にか血が垂れている。
異常者。
「いただきます」
エドガー・リヒトー………庭島 律人は、リンフィアに狙いを定めてしまった。




