第457話
メメを送り届けたあと、俺はレストランに戻って、一通りの業務をこなし、寮の自室へと帰った。
珍しいもので、ウルクとミレアの両方が、割と早い段階で帰ってきていたのだ。
「あ、ケン君。お帰りなさい」
「おかえりー」
「ただいまー………って、お前ら珍しいな。大体俺が一番乗りなのに」
「思った以上にお仕事が残ってなかったんだー。ねー、ミレアちゃん」
「ええ。レストランの業務は、午前中から人手は足りていたし、ケン君が入ってからは空き時間ができる程でしたから、先に閉店後の作業も終わらせてたようです。閉店前に抜けていたから知らないでしょう?」
「ああ」
なるほど。
そう言えば、こっちの店は今客を取られてるんだった。
教師陣の出店は依然大人気の模様。
閑古鳥が鳴く、という程ではないが、2日目ほどの賑わいはない。
だが、それも今日までだ。
「忙しくなるぜ」
「ええ。そうでしょうね。新しいものと言うのは………特に、あれ程大規模になると、話題の中心にはなるでしょう。たしか、店の宣伝も兼ねているとの事でしたよね?」
「ああ。うちのクラス全体を押し出していくつもりだ。客足は大分増えると思う。明日は俺、会場の方の準備に回るから、店は任せた。ライブ中は、移動販売みたいな感じで会場に全員寄越すから問題ねーが、それまでは頼むぜ、2人とも」
「はーい」
「ええ」
消灯し、今日はさっさと眠りについた。
残り4日。
正直荷物はかなり多い。
祭の勝敗。
天の柩。
ルナラージャの勢力、そして天崎 命。
取りこぼすのは無しだ。
思う通りにいかせてみせる。
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視点は移り変わる。
4日目。
教師になって数年、慣れだしてからついた朝5時起きの習慣で、春は目を覚ました。
「ん………………ふぅ………」
時計を確認する。
朝5時ジャスト。
少し乱れた寝巻きを着直して洗面台に向かう。
慣れてはいるが、眠いものは眠い様で、少し千鳥足でふらふらと歩く。
こちらに赴任してまだ日が浅いので慣れてないのか、多少眠気は酷目だ。
王城で寝泊りしていた時も、最初はこうだったな、とボヤけた頭で思い出す。
教員の寮の洗面台は、生徒寮同様に共用のものだ。
向かった先でイレーヌが顔を洗っていた。
「あ、イレーヌ先生。おはようございますぅ………」
半開きの目で挨拶をする春に苦笑するイレーヌ。
「おはよう、ハル先生。今日も早いが、相変わらす眠そうだな」
「まだ色々と慣れていないので………ふぁ………」
こちらに来て春が少し衝撃を受けたのは、皆名前を呼ぶときは、下の名前で呼んでいる事だ。
向こうでは〜殿と呼ばれていたので、そんなに違和感は感じていなかったが、宇喜多先生と呼ばれ慣れている春は、ハル先生と呼ばれるのを新鮮だと思っていた。
「今日も訓練ですかぁ?」
「うむ。日課故欠かせぬのでな。先生もやるか?」
「うーん、遠慮します。回復術式をもう少し頭に詰めておきたいので。それじゃあ失礼しまぁす………」
と、帰ろうとしたので、これでは何しに来たか分からんと言ってイレーヌがひき止めた。
そこようやく顔を洗って目を覚ます春。
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部屋に戻って外に出る準備をする。
その前に、今日の活用の詳細を書いた資料に目を通す。
そういえば、と思い出した。
こちらでも紙は案外普通に普及していた。
ファンタジー世界では紙は貴重だと言う話を聞いたが、魔法具のおかげて普及しているらしい
質は向こうのものよりは全然悪いが、コピーなんてないので、特に問題は感じなかった。
と、思考が脱線したので頭を振って空っぽにした後資料を見た。
何となく把握した後、椅子にもたれ掛かって上を向く。
そして、察する。
かなりギリギリだ。
こちらに商業を専門とする授業をやっている教師がいる。
向こうで言う家庭科みたいな物だ。
もちろん有効な魔法具や、詐欺に合わないために詐欺で使われる魔法の見分け方など、魔法は中心にある。
だが、それでも専門家。
圧倒的なアドバンテージがあると思っていた。
しかし、想像以上に特別科が食らい付いてくる。
特に一組。
これはかなりの物だった。
場所取りや、宣伝方法が絶妙で、かなり計算づくだと、商業の教師もかなり舌を巻いていた。
学院長も学院長で、こちらは半分反則みたいなものなのによくやるな、と苦笑していた。
ケン。
おそらく、いや間違いなく彼が中心で動いているだろう。
思えば、彼は不思議な生徒だ。
向こうにいた頃、最初に持った印象は、問題児の一言に尽きた。
だが、教師である以上、避けてはいけないと思って積極的に関わっていた。
だが、話しているうちに、どうやら危ない子ではないと分かった。
彼は単に誤解されやすいのと、それを払う気がないだけだったのである。
それでも、学校にとっては目の上のたんこぶだ。
そんな彼を退学にできなかったのは、彼が問題の証拠を一切残さなかったことと、その優秀さだろう。
あまりに優秀過ぎる頭脳で、模試は常に一位。
インタビューなどは学校がストップしていたが、テレビなんかにでたら間違いなく有名になっただろう。
それ程凄まじい頭脳を持っていた。
それと、これは誰にも言うなと言われているのだが、時々探偵の真似事をして、付き纏ってくるちょっと危ない人達を捕まえさせたりしていたと言う。
実際に、近所の何個かの組は潰れていた。
恐ろしい子だ。
それと同時に、悲しくて寂しい子だと思った。
仲のいい友達はいた。
親友と呼べる子も。
だが、時々見せるその表情は、どうしようもないほど空っぽで、その穴を埋めようとする事を諦めている様だった。
だから、彼も春にとっては守るべき対象なのだ。
いくら強くても関係ない。
彼はどうあってもまだ子供で、何より自分の生徒だった。
そんな彼は今、この世界の神様に予言だと言って大きなものを背負わされていた。
そして、その重荷を背負ったまま誰かのために不確かな道を行こうとしていたのだ。
ならば、私がその重荷を退けなければと、春は思った。
それが正しくないとしても、彼が納得しないとしても。
春は、ケンを守りたかったのだ。
4日目。
この祭りももう半分。
勝とう。
春は頬を叩き、己にそう誓った。
そして、部屋を後にするのだった。




