第419話
「まず、この研究が始まったのはそれなりに最近の出来事だ」
イシュラはそう語り出した。
「と言っても、その頃はまだ俺たちがもっと小さい頃だけど。ともかく、然程昔ではないんだよ」
意外………と言うほどでもない。
そもそも、ここの学院の創始者はファリスだ。
だとしたら、ここが開かれたのはせいぜい2,30年ほど前だろう。
まぁそうだとしても恐ろしいほどの若づくりだが。
「最初は、そこまで大規模な研究ではなかった。そもそも、本気で研究していたわけじゃないからな。これは、学院長が専門で行っていた研究外で行っていた研究なんだ」
「そもそも、ファリスの専門ってなんなんだよ」
「古代魔法だ」
なるほど、古代魔法か。
一番手を出しづらい分野だが、あいつのことだ。
きっとノリノリで研究している事だろう。
「まだ若かった学院長。魔道王の名を得る前は、魔法学者だった彼女は学院を作る前、とある物質を入手していた。それが、この学院の地下にある巨大なオーブだ」
「オーブ………」
それはみた事がない。
地下にそんなものがあったのか。
「正式名称がわからない以上、皆オーブと呼んでいた。これは古代の道具の中でかなり古い方で、解析は困難とされていた。だから学院長も、いつしか片手間で作業をするようになっていた。どれだけ頑張っても、先に進まなかったかったせいだろう。しかし………」
「進んじまった訳か」
コクリと頷くイシュラ。
「偶然というのは斯くも恐ろしい。その日を境に、彼女は研究に没頭したんだよ。人が変わってしまう程にな。そして、彼女は一つの境地に達した。それが………」
「魂魔法………いや、それの元となった属性か」
なんて愚かな………
いや、仕方ない事だ。
何せ、人間の知識のみで辿り着いたんだ。
欠陥があってもそれは責められない。
「ああ。そこから先は何と無く想像は着くだろう?」
「人員と資金を増やし、徐々に魔法の研究の規模を広げた」
「その通りだ。だが、研究は意外な事に一度終わっている」
「? なんでだよ」
「それは後から分かるさ」
やけに意味ありげにそう言うイシュラ。
だが、表情は硬い。
「研究は凍結。オーブは二度と使われないと思っていた。しかし………学院長がこの学院を開いた直後に、再び研究は再開された」
一度終えたものを再開した、か。
気にはなる。
気にはなるが、いま気にするべきはそこではない。
「そして、深部の研究のためにとある計画が決行された。それは、オーブの内部に虚構の空間を作り出し、そこから直接、オーブにある魂魔法の情報を読み取り、研究をする事。人間の魂をオーブに融合させる実験。中には、教員や生徒が入って行った」
「………」
正気の沙汰ではない。
魂の変換など、完全に人間の領分を超えている。
「この学院は、東西で第一,第二学区と分かれている。そして、知られざるもう一つの学区として存在することになった。故に、この計画の名称は——————“第零学区計画”とされていた」
「ふざけた計画だぜ………あんな場所に閉じ込めるなんてよ」
「そうか、君は入ったのか………だが、閉じ込められたわけではないと、知っていたか?」
「………連中は自分の意思でこんな危ねぇ実験に手を貸したのか? それも、自分の体を捧げて?」
馬鹿げてる。
そんなふざけた実験俺なら——————
一瞬そう考えたがその刹那、ベルの思考が飛び込んできた。
「まさか………」
「彼らはおそらくこう思っていただろう。この実験が成功し、魔法が完成すれば、死者を生き返られることが出来る、と」
「馬鹿げてる………」
だが、大声で叫んで、そう言って怒りを向ける相手が、どこにもいなかった。
なぜなら、
「この事をファリスは?」
「ああ。知らなかった。こうなるとわかっていたから、あの人は研究をやめたんだ。これは彼女の意思とは関係なく再開した。始めたのは、まぎれもない生徒や教師らだ」
誰も悪ではない。
だが、この魔法に関わった者の結末を考えると、救いがなさ過ぎる。
「研究が再開された原因は2つ。一つは、オーブがアイテムボックスに入らず、地上で保管せざるを得なかったこと。そして、それを生徒の一人に知られていたこと。あえてもう一つ加えるなら、その生徒が家族を亡くしていた事だ」
さらに続ける。
「その生徒はどうにかして研究に携わった人を探し出して、オーブの事を聞き出した。そして、その情報を元に、自分と同じ境遇の協力者を集めた。しかも、教員が仲間に加わったお陰で完全に誰にも知られないままだ」
「入学前の生徒を調べて、協力しそうな者の話を持ちかけたんだな」
「ああ。確実に協力してくれる者を選んだおかげで、人数は少ないが、協力者は集まった」
何かを失った者。
彼らにとって、これは願っても無い機会なのだ。
見逃すわけがなかった。
「………同じ意思を持った者達は、同じ目的のためにその身を捨てたんだ」
そして、彼らの魂はオーブと融合した。
「………」
「………」
「………」
俺たち3人はしばらく何も言わなかった。
何という悲劇だ。
完成しない魔法だと知らずそれに縋って、縋り続けて終わりを迎える。
「………報われないな」
「そう、報われない。ここからもっと報われないことがわかった。簡単な話だ。魂だけになって人間が生き続けられるわけがない。彼らは人知れず死んでいった。全員、誰一人残らず」
「………」
ファリスはこの結末をわかっていたのだろう。
だから、
「だからファリスは、この実験を凍結させた」
「そう。でも、再開されてしまった。そして今度はアルシュラ達の番だった。でも………アルシュラを死なせるわけにはいかない………………目的を達するには、学院長が邪魔だ」




