第417話
6日目。
あと、1日だ。
それは、知られざる空間。
虚構の果てに作られた、偽りの空間。
魂のみが存在し、全てが混ざって溶け合う世界だ。
ここに住む魂に嘘偽りは許されず、全てが漏れ出し、全てが流れ込む。
第零学区
学院内で秘密裏に行われている魂魔法の研究のために作られた場所。
ここにいるのは、そのために用意された生徒兼研究員だ。
そして、ここの責任者は一人の少女。
第2生徒会長、イシュラ・ノゼルバーグの妹、アルシュラ・ノゼルバーグだった。
そのアルシュラは、干渉不可能なはずのこの空間に、三度目の干渉が入ったことに、少々不安を感じていた。
一度目はケン。
二度目は命。
両者とも特異点という立場にあるため、侵入はあり得なくもないと割り切っていたが、こればかりは少々予想外だ。
「………魔力が不安定………何が起きてるの?」
三度目の干渉は、相手がわからない。
純粋に魂のみが入って来られるこの空間に入った瞬間、相手の情報が混ざるはずなのに、今回はそれがないのだ。
『こっちは感知できていない』
《わたしもわからない》
〔イッタイダレガドウヤッテ………〕
管理者であるアルシュラ以外は、魂の大半をこの空間に溶け込ませているため、姿は見えない。
空間と同調できると言っても、場所によってはやはり強弱はある。
というよりは、処理速度だ。
遠くから取り込んだ情報は、解析に時間がかかるのだ。
生徒間では完全に情報を共有できるため、各生徒が散り散りになって調べている。
しかし、発見はできていないらしい。
「可能性があるとしたら………」
数日前入ってきた彼女。
天崎 命
彼女の主人は命の神だ。
つまり、この魔法の原点。
狙いはおそらく………
「そっか………」
つまり、既に終わっているのだ。
アレを知られた以上、干渉できる彼女は間違いなくアレを狙ってくる。
そして、アルシュラ達はいとも簡単に負けるだろう。
「ふぅ………」
丁度いいのかもしれない。
そう思った瞬間、なにかがポッカリと消えて無くなった気がした。
「………そろそろあたしたちも潮時なのかなぁ………」
『《〔………………〕》』
この思考は、全員に共有されている。
そしてどんどん膨らんでいった。
わかるのだ。
研究すればするほど、この魔法には致命的な欠陥があるのだと。
それは既に、知りたくもない結果を出してしまっていた。
ここにケンが来て、言われた時には既にみんな気づいていた。
この魔法は完成しない。
それどころか、とんだ神への冒涜行為である。
引き継いだ頃には、既に終わりの兆しは見えていたのだ。
しかし、一縷の望みを持っていた彼らはそれにすがるしかなかった。
ここに集った“喪失者”達にとって、この魔法の研究は最後の希望だったのだ。
弟、友人、恋人、父、母、先生、姉、祖父、仲間、妹、祖母、家族親戚師友達
————————————いない
何処にもいない、探してもいない、願っても、祈っても、喚いても叫んでも泣いても哭いても慟いても嘆いても、何処にもいない。
いない、いない、いない。
その身を裂くが如く突きつけられた現実を、これなら、この魔法ならば壊せると思っていた。
でも無理だった。
現実は結局現実。
どうしようもない事実で、それをひっくり返せる魔法はこの世界と同じ虚構だった。
もうわかっているのだ。
これは夢だ。
希望を持たせるだけ持たせて、残ったのは不可能の三文字。
願いは叶わないという事実。
再び言おう。
これは夢だ。
無くして失くして亡くした者が逃げ込んだ虚構の世界。
光を浴びると消える影のようなものだ。
今一度言おう。
これは夢だ。
不相応なものを願った愚か者達を嘲笑う、そんなふざけた悪夢だ。
——————それでも。
それでも、始めたことが終わらせねばならない。
こんな悪夢は、始めてしまった自分たちの手で終わらせなければならない。
だから、敵を排除しなければらない。
命たちが襲ってくれば、間違いなくアレを奪われるだろう。
そうなれば、この国は終わる。
街が、学院が消えてしまう。
まだ残っている友人が、先生が、家族が。
それはダメだ。
それは許してはいけない。
だから、抵抗するのだ。
戦って、抵抗すれば、少しは時間が稼げるかもしれない。
もしかしたら誰かが助けてくれるかもしれない。
全員の意思は一つだった。
ここにあるのは魂のみ。
武器も、鎧も、肉体すらない。
ただ己の魂を信じて戦うのみ。
戦おう
その意思は、既に全員の心の中にあった。
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この一週間で、それぞれの目的は定まった。
それらは全くバラバラで、ぶつかるものもあれば、そうでないものもいる。
ただ一つ言えるのは、
この先で、それらは全て交わるということだ。
だからこそ、運命と言える。
この奇妙な運命は、果たして誰の望みを叶えるのだろうか。




