第404話
俺たちは、クルーディオが待っていた樹の下で話をすることにした。
「………すごく居心地のいい樹だよ」
クルーディオは初めにそう言った。
そっと樹に手を当て、ゆっくりとまぶたを閉ざす。
「雨風に負けず、自然の中でのびのびと育っている。力強い生命力に溢れているよ」
俺は上を見上げた。
確かに、立派な樹だ。
見た目もそうだが、動物たちが拠り所としているので、より一層そうのように感じる。
「時に少年。君はこの樹をどう思う?」
「樹?」
唐突な質問だ。
意図はよくわからないが、俺はこう答えた。
「樹だな」
「………」
「………」
「………え? それだけ?」
「? 変なこと聞くな。じゃあ、付け足すわ。立派な樹」
と、 俺が答えると、
「ふっ、ははははははは!! いや、いいね。なかなかいないよ。君みたいな男は」
「なんだよ。何が聞きたかったんだ」
「いや、適当に聞いてみただけさ」
ははは、と愉快そうにそう言った。
と言うか、意図はなかったのか。
おちょくってんのか?
「すまないね。あまりにもありのまま答えるものだからさ。うん、やはり良い。自然な感じがして私は好ましく思うよ」
「そのまんま言ったからな」
「そう、そのままなんだよ。大抵の人間は、こう言う意味深な事を聞かれると、だいたい何かそれらしい言葉をくっつけて、出来るだけ良く見てもらおうとするものだ。それなのに、君ときたら………ふふふ」
まぁ、別に気に入られたいわけじゃないしな。
「まぁ、いいさ。君がありのままを答えてくれるのであれば、私もありのままを語ろう。では、何を聴きたい?」
知らぬうちに都合の良い感じになってきた。
良しとしよう。
「じゃあ、あっているかどうか教えてくれ」
「?」
さぁ、答え合わせだ。
「アンタは目撃証言があって、俺たちに依頼をした。だが、俺は思うんだよな。だったら、アンタ自身が探せば良い。おそらくアンタなら宿り木まで辿り着けただろう。つーか、それには気づいていたんだろ? 妙に余裕を感じたからな」
「………」
「だったら自分で探せば良い。宿り木なんて何個もあるわけじゃない。アンタには知識もあるし、力もある。だが、アンタは期間があったにもかかわらず、ピクシーを見つけられてない。いや………アンタ、最初から探そうとしてないな?」
「………」
動揺しないか。
さらに俺は続ける。
「そこで、俺はこう思った。行かなかったのは、いけない事情があったから。ピクシーを捕まえにいけない事情。そしてその外套………隠してるのは、羽を失った背中だろ」
「っ………!?」
クルーディオはカッと目を見開き、額に小さく汗をかいていた。
これに関しては、焦るのも仕方ない。
何故なら、これは彼らにとって、絶対に知られてはならない秘密だからだ。
「外套につけている薬品の匂いは、亜人対策だな。妖精特有の匂いと、そこからするはずの鱗粉の匂いがしない事を隠すための。加えてその調合技術。それはもはや——————」
「わかった」
クルーディオは途中で遮った。
反応からして、おそらく………
「君の予想通りだ。なんでわかったのか尋ねても?」
「簡単な理屈だ。アンタは自然じゃない。そうだろ、自然の始祖」
「ははは………それはものすごい皮肉だ。いや、あながちその通りなのかもしれないな。自然の王で無くなったから、不自然だと君に気づかれたのかもしれないな」
クルーディオは外套を取った。
少し痩せ気味で、色白の美男子。
若緑色の髪と、垂れ目が特徴的である。
だが、どれだけ美形だろうが、それ以前に飛び込んできたのは、にじみ出る奴の大きさであった。
「!!」
隠してはいるが、この膨大な魔力。
そして微かに感じる神威の気配。
かの王は、地上にいる民を守るために、力の大半を天で脱ぎ捨て、地上に降り立ち、王となった。
それは、他に例をみない特異な存在。
ここにいるこの男は、地上に存在する数少ない神であると言えるだろう。
「我が名は、クルーディオ・フーガ。妖精の王にして自然を司る神だった者だ」
外套を取っただけだが、それでもこの男から受けるプレッシャーは相当のものだ。
「妖精なら近付いただけで気付かれるからね。どうしても私自ら接近する訳にはいかなかったのだよ」
「かと言って、気づかれた事を理由に殺したりはしたくないんだろ? 難儀だな、アンタ」
クルーディオは訝しげな顔で俺を見ていた。
ああ、なるほど。
「何故普通に会話するのか、か?」
「ああ。エルフのようにもともと羽のない種族なら別だが、通常羽のある種族の中にいる羽無し妖精は、人によっては魔族より忌み嫌われている。特に同族からはひどい嫌われようだ。故に私は妖精界を追われたんだが、君は何故………」
「嫌う理由があるか? 別にアンタは悪人じゃなさそうだ。それどころか、追放された今も民のことを考える良き王だ。俺はそう言うやつの事をスッゲーかっこいいと思う。アンタは敬意を表するにふさわしい人物だ」
俺はこう言った下らねェ偏見が嫌いだ。
見もせずに嫌がって、話もせずに蔑んで………これだから愚者と言うのは度し難い。
「ま、人を待たせているから長話は出来ねーけど、少しくらい話そうぜ、王サマ」
「そうか……」
しばらくどうでもいいような会話を交わす。
そうだ、話せばいいのだ。
人間そう簡単に誰かを嫌うことはない。
それに気がつけば、世界はもう少し優しくなるだろう。
そして俺は、妖精の友人を得たのであった。




