第392話
「——————っは!」
俺はバッと飛び起きた。
何だこれは。
夢じゃないのか。
俺は一体………
「どっ、どうした、ケン!?」
俺は背を向けたまま返事をした。
「………………ちょいと胸糞悪ィモン見ただけだ」
くるっと振り返り、俺はファリスにこう言った。
「どうやら、大変事になったらしいぜ」
俺はファリスに、親父のことは伏せつつ、可能な限り話す事にした。
——————
「それは、かなり大ごとだな」
“終末”の事はどうにかごまかしておいた。
しかし、現実味を帯させるために、勝てなければ国が滅びると説明をしている。
そして、神の事は俺と似たような存在がいるという事にしておいた。
人間界を統合する為に、他の神を引き摺り下ろす為に、国を滅ぼす。
ファリスからすれば、相手は神ではないが、どのみち戦わねば国が滅ぶ。
しかし、その場合は徹底的にやってしまうだろう。
だが、俺は思う。
そもそも戦争必要なのか、と。
一年後には嫌でも起きるであろう戦争。
その一年というのもあやふやだ。
しかし、その前に神をどうにかすればいいのではないだろうか。
そうすれば国を滅ぼさずとも敵の敗北だ。
だが、神を殺すのはおそらく不可能。
だから、別に手立てが必要だ。
ただ、万が一の時のために、戦争の準備は必要だ。
「では、私は万が一の戦争に備えて準備をしておけばいいのだな?」
「そういう事だ」
「ふっ、それなら既に手は打っている。今、そのための戦力を着々と揃えているところだ」
そういえばそうだ。
ファリスは初めから戦争が起きるのを知っていたのだ。
「これに関してはお前が手を加える必要はない。お前はお前の仕事をしていろ」
「………ああ。 そのつもりだ」
軍に関しては俺は今回手をつけない。
だから、俺は少数精鋭を鍛える事にしたのだ。
「あ、そうそう」
ファリスは思う出したようにそう言った。
「ん?」
「お前もまだしばらくここで生徒をするんだろう? 今度のイベントなんだが………」
「わーってるよ。サポート専用に徹する。約束は守る」
「はは、悪いな」
俺がいるとパワーバランスが崩れてしまうのだ。
だから、今回はみんなの補助ということにする。
ミレアに話は通しているので、上手いことやっているだろう。
「んじゃ、そろそろ帰るわ」
「ああ、盛り上げてくれよ、ケン」
「任せとけ」
———————————————————————————
一度寮に戻る事にした。
ミレアは、生徒会の仕事があるとかでいないし、ウルクは珍しく部屋にいないでどこかに行っていた。
「ウルクとレイには言わない方がいいな………」
戦争の件は、とりあえず隠すことにした。
流石に母国がなくなるなんてことがあるという事を話すのはマズイだろう。
「………親父」
マズイ、思考がまとまらなくなってきた。
やっぱりダメだな。
まだ、忘れられそうもない。
「ッ」
ズォオッッッ!!!
思わず殺気が漏れた。
このままでは、おかしくなりそうだ。
一度深呼吸をして、落ち着く事にした。
「………ああ、俺はまだ大丈夫だ」
帰る途中、リンフィアと会った。
俺の顔を見るなり、心配そうな顔をしていたが、あいつと少し話したら多少気が晴れた。
和む。
少し気分が落ち着いた。
「………よし、寝る!!」
———————————————————————————
ミレア・ロゼルカ。
王宮魔道士を幾人も排出している名門貴族、ロゼルカ家の長女だ。
ミレアは中でも特に才のある娘である。
彼女はいわゆる持てる者だ。
それ故に危機に瀕する事も多々あった。
しかし、それでも大抵のことは乗り越えた彼女である。
そんなミレアが今、かつて無い危機に瀕している事は、誰も知らなかった。
「そんな………」
寮内のミレアの部屋には、3人の住人がいる。
このミレアとウルク、そしてケンだ。
普段はプライバシー保護のため、仕切りを作っている。
そして事件は起きた。
なんと、珍しく寝相の悪かったケンがミレアのスペースにいたのである。
「どどどっ、どうしましょ、う………」
男が苦手なミレアだが、最近ケンだけは大丈夫になった。
なので、ここまで無防備な男を初めて見たミレアは、普段ではありえないくらい緊張しているのだ。
ケンはというと敵意のない者、又は本能的にマズイと思う相手の接近がない限り起きない。
むしろ目覚めは悪い方だ。
ちなみにここに来てからは、自分の自由時間を得るために無理して早起きしている。
「すー、すー………」
「………男性の方の寝顔なんて初めて見ました」
思えば、不思議な男だ。
突然現れたと思ったら、自分の最も尊敬する師である魔道王より遥かに優れていて、剣の腕も一級品というなんとも馬鹿げた嘘みたいな力を持っている。
粗雑な喋り方で、礼儀はなっておらず、敬語なんて使っているところを見たことがない。
でも、悪人ではない。
他人にめっぽう甘く、悪人には苛烈な迄に厳しい。
しかしそれでもどこか甘さが残ってしまう。
優しい男だ。
それ故か、どこか自分のことを軽く見ている。
ほんの少し垣間見えた彼の幼少期。
そこに映っていた、拷問といっても足りない程の仕打ち。
あれは人間の行なっていい所業ではない。
悲劇の中で生まれた少年は、愛を知らず、痛みを食らい育っていく。
その成れの果ては人か、バケモノか。
ミレアはそっとケンの頰に手を当てた。
彼は一体どちらなのでしょう?
………いや、どちらでもいいのです。
この暖かさは紛れも無い本物。
この男が仮に化け物だったとしても、私は受け入れましょう。
何故なら私は——————
「ただいまー!!」
豪快に扉が開けられる。
どうやらウルクが返って来たらしい。
ここにいても面倒だと思ったミレアは手を離し、ウルクを出迎えた。
この時、ケンが起きていた事には、ミレアは一生気づかないのであった。




