第391話
「出来るのか?」
「当然」
解くことは出来るだろう。
しかし、これはかなりの難度になっているな。
ただ単に法則が分かれば解けるような暗号でもない。
魔法術式に似たものも組みこまれている。
コンピュータでもこれは解けないだろう。
解いているうちにわかったが、これを解いたら魔法が発動する。
魔法術式は、変化する。
一歩間違えれば戻るのではなくやり直しだ。
そこがまた厄介。
一気に正解を引かなければならない。
「………こりゃ人間の出来るわざじゃねェな」
ボソッとそう呟いてしまった。
これを作ったやつはまともな脳みそしていない。
俺と同じく、神の知恵で上位の思考回路を得ている者でないとこれは解けないだろう。
つまり、俺………というよりは、知恵の神の特異点、つまりトモの奴に気に入られて、ちゃんと神の知恵を得た者に宛てたものだ。
「お、解けた」
おそらくこの単語を言った瞬間、魔法が作動する筈だ。
「どう言った内容だった?」
「今から確かめる」
俺は石版に刻まれた魔法を口に出した。
「【イル・ヴェリア・スムルヌ・ポクローグス】」
ブツッと、俺の意識が途絶えた。
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「お、あ」
声は出せる。
しかし、どこかあやふやなこの空間。
どうやら魔法で意識だけ飛ばされたらしい。
『この石碑を解読した者に告ぐ』
音声が流れ込んでくる。
これは性別も年齢もわからない仕様になっており、完全に個人が特定できないようになっている。
ここまでしているという事は、かなり重要な情報らしい。
『私は、嘗て神だった者だ。この石碑が来るべきこの世界の終末の前に拾われる事を願って、私はこのように意志を遺すことにした』
終末。
ゾッとしないワードだ。
こんな世界だ。
そういうものを身近に感じる。
『この石碑は、然るべき時に応じて、我が友が庇護する国家の何処かに現れるようになっている。用が済めば、魔法は消え、ただの暗号付きの石に成り下がる。故に、これは一度きりだ。君が我が友の知恵の神に認められた賢人であると信じて意志を託す』
知恵の神………つまりトモの友人だという事だ。
ありえない話ではない。
神というのは力を持ったヒトだ。
友達の1人や2人くらいいるだろう。
『これより示すは道の始まり。そこから先は全て君次第。進むも引き返すも自由。進む意志がないのなら、同じ詠唱を唱えればここから出られる。石版は消滅し、これらに関わる全ての情報が消え失せるだろう。しかし、もし争う意志があるのなら………どうか、このまま聞いてくれ』
徹底している。
これほどのことが出来る奴が、ここまでして俺を導いた理由か。
是非知りたい。
『………ありがとう』
何故だろう。
胸が締め付けられる。
モヤモヤする。
理由はわからない。
俺はそのモヤモヤを抱えたまま、声に耳を傾けた。
『君に示す始めの一歩。それは、』
俺は、耳を疑った。
声の主はこう言ったのだ。
『戦争だ。全ての始まりは、他の二カ国を滅ぼす事により、始まる。さぁ、神を堕とし、人を束ねよ。敗北はすなわち、終末である』
目的は国か神か。
これは多分、国なのだろう。
神の滅亡は、すなわち国の滅亡。
神が死ねば国は滅亡する。
こいつはどうやら、俺にそうしろと言っているらしい。
そして負ければ国は滅びると。
ここから、声の最期の言葉が発せられる。
『これより先に情はいらない。殺しを良しとしないのであれば、下らない個人的な矜持は捨ててしまえ。救いたければ敵を切り捨てろ。お前が立っているのは世界の果てだ。落ちたくなければ這い蹲れ。守るというのはそういうことだ。愚劣で、烏滸がましく、そして何よりも美しい』
「————————————」
雰囲気が変わった事に驚いたわけではない。
言葉の内容に驚いたわけではない。
ただ、一瞬真っ白になってしまった。
その口調を、冷たさを、俺は何よりも覚えている。
胸の締め付けが、徐々に強くなる。
モヤモヤとした感情に、徐々に黒い光が差す。
照らされたのは、俺の奥底に映る黒だ。
『馬鹿げた茶番は終わりだ。これを聞いているということはそういう事なのだろう、我が息子よ』
ぼやけた声が鮮明になっていく。
それに呼応するように、俺の鼓動が早まっていく。
「こんなところで、何をしてるんだよ………………なァ、おい!!!!」
何となくわかった気がする。
訓練は、全てこれに向けて行われたものだったのだ。
こいつは神だった。
つまり、俺には神の血が流れているのだ。
残りの情報が一気に頭の中へ流れ込んでいく。
男の名は、ギルヴァーシュー・メイグス。
そしてもう一つの名は——————聖 秀明。
ケンの父の名だった。




