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第383話


 「あ゛あ゛ぁぁ………疲れた」



 ヤロウ………40人分のメシ作らされたぜちくしょう。

 俺は食堂のおばちゃんじゃねーっつーの。



 俺は愚痴を言いながら温泉に浸かる。

 よく考えたら、俺は温泉に入った事がない。

 そもそも家族旅行なんてものをした事ないので、温泉に行く機会なのなかったのだ。

 高校生が同級生と温泉旅行なんてのはそもそもほとんど無いような話だろう。


 「ま、充実はしてるかな」



 風呂は貸切だ。

 よって俺はこっそり酒を飲める。

 この学院も騎士団も、こういうのは目敏いと聞いた。

 まぁ、真面目で硬いイメージのある騎士団は仕方ないが、学院がダメなのはミレアとあの第二の生徒会長………イシュラのせいだろう。

 酒好きとは言わないが、たまに飲みたくなるのだ。

 


 「自由時間最高だぜ。はっはっは」





 「誰かいるんですか?」


 む。

 女湯から聞き覚えのある声。

 そういえばこの石壁スカスカだな。

 作ったのは男子生徒で間違いない。


 「リフィか」


 「あ、ケンくんでしたか。遅いですね、こんな時間に」


 「メシィ作らされてたんだよ」


 「大変でしたね。あ、美味しかったですよ」


 「お前めちゃくちゃ食ってたもんな」


 「えへへへ、見られちゃってましたか」


 いや、お前の大食いは結構前から知ってるんだけどな。

 こいつだけで何人前食った?


 「お疲れ様です」


 「おう」


 やたらと声が響く。

 向こうにも誰もいないのだろうか。


 「静かですね。こんな大きな温泉で貸切なんて贅沢です」


 「そうだな」


 誰もいないらしい。

 ここでなら、話せるかな。



 「………なぁ、リフィ」


 「はい?」



 「話、聞いてくれよ」










————————











 俺達はいま、石壁に背中をつけて会話している。

 声がよく聞こえるのだ。


 「お前には、まだ俺のガキの頃の事話してなかったよな」


 「そういえば、あまり聞いたことないです」


 「俺さ、ガキの頃に嫌な事があって、自分から語った事はないんだよ」


 ずっと封じていた。

 “俺”になる前の“僕”の話を。



 「レンくんやコトハちゃんにもですか?」


 「耳に入った事以外は一切説明してない。ある程度成長した頃の………11,2歳の頃のことは、直接深いところまで見たから知ってる。でも、それより前は語ったことはない。だからさ、慣れるためというか、なんというか………聞いてほしいんだよ、まずはチビの頃の話から。お前なら、大丈夫な気がする」


 語ろうとした事はあった。

 だが、全て繋がって思い出しては口が開かなくなる。

 だからまずは、最初の話から。

 誰も知らない“僕”の話から。




 「………聴かせてください」


 「………ああ」










———————







 幼少期。

 聖 賢。

 2歳



 既に記憶はあった。

 物心つくという奴だ。

 

 一番覚えているのは——————





 「ァアアアアアアアアッッッ!!! ぃッッ、あああああああ!!!!」





 俺自身の悲鳴と、無表情な父の顔。

 およそ子供が出すような声ではない悲鳴に、だんだん耳が慣れて行った。


 訓練と、父は言った。

 毒、熱、電気、疲れ、恐怖………

 あらゆるものに対する耐性をつけていると言われた。

 どうやら、生まれた瞬間から、俺は何かされてきていたらしい。

 生まれて最初に自覚した痛みも、痛いと感じつつ、どこかあって当然のような感じがした。


 そして、ある日を境に、ふと、こう思った。



 ああ、大丈夫だ。



 限界になれ続けると、どれほどの痛みでも我慢できるようになっていた。

 声はもちろん、表情にさえ変化はない。

 痛いものは痛い、と思う。

 そんな風に麻痺していた。


 そうやって痛みを知り、痛みに慣れたのが、たった2歳の頃からだった。






 3歳。

 外界に初めて触れる。

 一般常識、“幼稚園児らしさ”は叩き込まれていたので、演技をしていた。




 「先生、見て見て」


 わざと拙く描いた母の絵。

 うまくかけた、うまく“下手に”かけたと思っている。


 「わぁ、上手ねぇ」


 「僕の自慢のお母さんだよ」


 一人称は僕。

 幼稚園児としては、無難な一人称だ。

 俺はしばらく、自分を僕と言っていた。


 「お母さん好き?」


 幼稚園の先生はかがんで俺にそう問いかけた。

 すると、



 「よくわからない」




 俺は自覚していなかったが、この時に先生と目があった事が原因なのだろう。

 職員室をたまたま通った時にこんな言葉を聞いた。


 あれは子供のする目ではない。


 歪んだ事ばかり知っていた俺の目には、幼い子供の持つ純真無垢な心なんてものは宿っていなかっただろう。




 家では依然、訓練は継続中。

 同時に、あらゆる戦闘方法を叩き込まれていた。

 この頃からだろうか。

 自己というものがわからなくなったのは。







 4歳。

 妹の存在を何となく意識し始めた。

 どうやら、訓練は受けていないらしく、幼稚園の子供と同じように喋って、同じように行動している。


 妹は、好奇心の強い子供だった。

 そして、頭のおかしな俺を、お兄ちゃんと呼んでしたっていた。


 フィリアに姿を重ねたのは何も見た目だけじゃない。

 その無邪気さと好奇心の強さ。

 そして何より、分けれ隔てなく接してくれる優しさが、似ていたのだ。



 だが、今でこそそう言えるが、当時は動く肉塊ぐらいにしか家族を思っていなかった。

 




 「お母さん、僕は………おかしいの?」


 俺は唐突に、母にそう尋ねた。

 しかし、母は何も言わない。

 見たくないと思ってるように思えた。


 以降、しばらくは母の視界に入らないように努めた。

 しかし、その時の母の表情をもう一度見て見たいと純粋に思った。

 あの時の母の顔は、鏡で見る何もない俺の顔と違ったからだ。

 そこにあったのは違和感。

 そう、違和感だ。

 既に気づいていたが、俺は当時、何かがズレていた。

 幼稚園の園児とも、その親とも、先生とも、妹とも、母とも違った。

 あの父ですら、時折見せる表情から、違うと思った。


 そう、 感情がない。

 演技はできるが、そこには本物の感情がない。


 唯一助かったのは、苦と思わないが故に、いや事を言わず、倒れるまで何かを突き詰める事ができたことだ。

 俺がわりかし何でもできるのは、そのお陰だ。

 

 感情を忘れた俺は、そうやって時を過ごしていった。




 


 そして、少し飛んで7歳。

 小学校入学と同時に、蓮と琴葉と出会う。

 

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