第367話
「戦争ねぇ………」
当然だが、戦争なんて経験はない。
戦争なんてものは、俺にとって必要ないし、したくも無いものなのだ。
「ミラトニアは勇者をアテにしてンだろうが、あんな平和ボケした世界から来た俺らに戦争なんざ甚だ無理だっての。まぁ俺は平気だけど」
「そちらでは戦争がないのか?」
「いや、戦争自体はある。だが、うちの国は武力抗争を是としない平和主義の国家だからな。子供は愚か、大人ですら特別な資格がないと武器の携帯が許されない。使う場面はほぼない」
戦いとは無縁すぎる国。
剣を向ける相手も居なければ、剣を振る術も知らない。
まして、人を殺めるなことなど言語道断だ。
自衛であっても殺せば罪となり、正義があっても裁かれる。
そのあたりが、あちらとこちらでは大きく違う。
「他国が攻めてきたらどうするのだ」
「さぁな。国民は国家の了解を得ないと戦うこともできない。そもそも武器を持ってないしな。いきなり来られると死体の山が幾つできるか。矛盾してるが、平和と生存の両立ってのは案外難しいことなんだよ」
「そうか。きっと、あちらとこちらでは価値観が違うのだろうな。で、脱線したので戻すぞ。今は向こうではなくこちらの戦争についてが先決だ」
確かに。
これは由々しき事態だ。
戦争が始まれば、蓮たちが駆り出されるのはほぼ間違いない。
それも、向こうの転移者と戦わされるだろう。
そうなって仕舞えば、十中八九全滅は免れない。
「てか、お前はどこにつくつもりだ?」
「当然ミラトニアだ。あいにくルーテンブルクには一切未練はない。この呪印と魔法をうまく使ってこの国の人間を1人でも多く守るさ」
「よく考えたら、お前両方使えるんだな。混血か?」
「ああ。父がミラトニア国民、母がルーテンブルク国民だ。本来混血でも呪力か魔力のどちらかしか発現しないのだが、私は両方持っていた。かなり稀なそうだ」
両方持ってるって事は魔力も呪力もかなり強いと考えられる。
お互いがお互いに少なからず影響するからだ。
「なぁチビ神」
「はいな?」
チビ神は俺の肩の上でウトウトとしていた。
「お前、権能はまだ持ってるのか?」
「は!? ケンちん権能なんて知ってんの!?」
「まぁな。俺ンとこの神が誰か知ってンだろ? その特異点の俺なら多少お前らの領域に踏み込んでてもおかしくはないって思わないか?」
「いやー、思わないっしょ。だって、個体としては限りなく弱い向こうの世界の人間である君がその短期間でこっちに踏み込むって、もうイレギュラー以外の何ものでもないじゃん。何、 知恵ちんの席でも盗ろうって腹積もり?」
「今のとこ予定はないな。なんなら会うか?」
教会にいけば一発だ。
あの暇人………いや暇神はいつでも出てこられるだろう。
「いや、遠慮しちゃう。ミーあの子合わないんだよね。ちょっと会いたくない」
チビ神は心底嫌そうな顔をした。
「で、権能だっけ? 権能は無理。でも、加護くらいなら付加可能だよー。やっちゃう? 加護いっとく?」
「いや、確認をとっただけだ。加護をつけるとしても今じゃない」
「そか」
「で、だ」
俺は一旦間をおき、改まってこう尋ねた。
「お前らの本来の用件はなんだ」
「多分レイちんとミーの用件は一緒だよ。そんな気がする」
「奇遇だな。私もそう思っていた」
すると、レイはこう言った。
「私達は頼みに来たのだ。貴様の、ヒジリケンの話は学院長より聞いている」
「ミーはミーみたいな逸れ神からねー」
「今から言うのはかなり無茶だ。だが、どうか聞いてほしい。他にあてがない我らは、もう貴様以外に頼る相手がいない」
レイは俺に頭を下げた。
嫌々やっている様子もない。
こいつは、本気で何かを成そうとしているのだ。
「頼む。戦争を止めて、 人間界を統合する手伝いをしてくれないか?」
なるほどな。
詳しい事情はわからない。
何のためにしたいのか、何故そうしたいかは知らない。
だが、これはいつかしなければならない事だった。
「わかった」
レイはバッと顔を上げた。
「俺も、死なれちゃあ困る連中がいるもんでね。戦争なんかさせるわけにはいかねェ。どの道この戦争はぶっ壊すつもりだ。だから任せろ」
「いいね、ケンちん」
「………礼を言う」
一年後に起こると思われる戦争。
俺はそれまでに、この学園で準備を進めるつもりだ。
目的は当然、あいつらに戦わせないため。
そして、ここでわかるかもしれないある事柄について情報を得るためだ。




