第362話
この世界で唯一の生物迷宮、ラビ。
彼女は退屈していた。
「はい! ではこの術式を解いてみてください! では………ラビちゃん!」
「ほのーよんきゅーまほー、ふぁいあうぇーぶ」
頰を机にぴったりとくっつけ、実にやる気なさげにそう答えた。
やる気がない原因は、ケン達がいないことではない。
簡単な話だ。
第一学年は、座学が中心だからである。
基本的に、魔法学院において途中編入は無い。
第一学年を何周か行った後に、第二学年を何周か行い、最後の第三学年に入る。
ちなみに、第一,第二学年の周期は3つに分かれており、学年を上がる際に三つがちょうど終わるようになっているので、同じ学年の時に食い違いがあっても問題がないようになっている。
第三学年は、実践と研究で、年齢関係なく弱肉強食となっている。
中でも、第一学年は座学を学び、第二学年で応用と実践を行う。
実践授業数なら第二は第三とあまり変わらない。
「正解です!! はい、ではこの次の問題ですが………」
((いや、注意しろよ))
という周りの声が聞こえない先生であった。
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昼休憩に入ってもなおグダッているラビ。
流石に心配になったラニアがラビに声をかけた。
「どっ、どうしたの? ラビちゃん」
「ざ学がつまらん。せめてもっとなんかいなまほうをさせてほしい」
一応、知能は大人並みに発達しているラビなので、第一学年の内容ではご不満らしい。
グリモワールを使わない主義であるこの学校に入った以上、 知識がなければならないのは本人も重々承知の上だが、いかんせん座りっぱなし過ぎるのだ。
「あはは………ラビちゃん体うごかすのすきだしね」
「おまえはあ人なのにだらしないぞ」
「しかたないよ。ぼくはたたかいよりもざ学のほうがむいてるっぽいんだもん。いつか「王きゅうま道し」になりたいんだぁ」
ラニアは未来の自分を想像してぼやーっとしていた。
しかし、正直なところかなり難しいだろうとラビは思っている。
何故なら、この国には亜人差別思想があるからだ。
だが、そんなことを言えないラビは、なんとも言えない顔をしていた。
「………む、じかんか」
ラビは、ラニアがぼーっとしている間に抜け出した。
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廊下に出たラビはとりあえず人気のない場所に移動した。
姿が本来の幼いものへ変わっていく。
「ふう。あぶないあぶない。もうちょっとくらいねんぴよくてもいいのにな」
少し休憩するラビ。
少し考え事をする。
折角こんな場所にいるのだ。
何かしたい。
だが、目下のところ特にこれがしたいというビジョンは無い。
「むー………こんなときにははうえやししょうがいたらなぁ」
実は、ラビは好奇心がある割には自発的にこれがしたいと始める事はあまりない。
大抵の行動には誰かが敷いた“その前”がある。
知恵も力も十分にある。
それでも圧倒的に足りないものがある。
そう、経験だ。
百聞は一見にしかずと言うが、まさにラビにはその一見が足りていない。
実際に見て、触れていないのだ。
だから、困る。
知識や力は、目的のために得るものだ。
だが、ラビの場合は違う。
言うならば、ただそこにあったものを自分のものにしていると言ったところだろう。
提示されたものをイエス・ノーでしか答えない。
それをどうしたいのかと言うものを考えた事があまりないのだ。
人間は、成長する事でそれを覚えていく。
人間が20年かけて得る知識をいろいろな過程をすっ飛ばしているが故に、こう言う時に困るのだ。
しかし、確かに変化はある。
「………うん、たよってばっかじゃダメだな。たまにはじぶんでやってみよう!」
すっ飛ばした過程を埋めようとラビなりに動こうとしているのだ。
「………あ、ここにはたしかとしょかんがあったはず」
そろそろ、変わらなければならない。
心の中で、ラビはそう思っていた。
「………ワタシはもくてきがほしい。ううん、もくてきがえられるじぶんがほしい!」
その第一歩として、まず色々探す事にした。
「そうときまればしゅっぱつだな」
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「おー、本がいっぱい」
キョロキョロとあたりを見回すラビ。
あまり本を読んだことは無かった。
手に取った事はあったが、特に読もうとはおもわなかったらしく、その後も気に留めていなかった。
「うーん、なにから見ようか………」
「おやおや、見ない顔じゃな。新入りかのう?」
「!」
入り口のすぐ近くの本棚からひょっこりと顔を出した。
小柄な老人である。
ローブをまとった白い髭の爺さんだ。
「じいちゃん誰だ?」
「儂か? 儂は、ここの司書をしているフォルゴーンじゃ。ひょほほ」
フォルゴーンはケタケタと笑いながら、自己紹介をした。




