第352話
「ナガレ、くん。君は確か向こうにいるはずじゃ………………」
ウルクは覚えていた。
異世界人を召喚する儀式によって喚ばれた少年の中に、 確かに彼はいた。
名前は、クスノキ・ナガレ。
女誑しな彼は、ウルクにも手を出していた。
それがきっかけで話をする程度の仲にはなっていたのだ。
「ちょっとした経緯でこちらに亡命したんですよ。俺の能力、 覚えているでしょう?」
「確かに、君の能力なら簡単だろーね………………で、私を連れ戻しに来たのかな?」
すると、流は笑った。
それを見た周りの騎士達は警戒する。
「あっはっはっは! 面白い勘違いだ! いやいや、わかっているでしょ? いや、もう敬語は要らないかな? ………ウルクリーナ、君は王国でどういう扱いになっているのか、わからないわけじゃないだろ?」
クッと、険しい顔をするウルク。
彼女にとっては初めて対面する暗殺者。
しかも、顔見知りだというのだから、つくづく父は容赦がないと思っている。
「やっぱりかー………ミコトちゃんの話を聞いた頃から何となくわかってたけど、やっぱそうなっちゃうんだなー………………やっぱり暗殺しに来たんだ」
流は何をいうわけでもなくニヤリと笑った。
ウルクは武器を構える。
魔法は学んできた。
少し強くなっているはずだ。
「来なよ、ナガレくん。ちょこっとくらい抵抗してあげる」
「へぇ………それじゃ、俺もやらせて貰おっかな」
フッと。
流の姿が消えた。
「「!?」」
「………………」
騎士達の間に動揺が走る。
こんな魔法もスキルも全く知らないからだ。
「相変わらず厄介な固有スキルだなー………………みんな、一定の距離まで入ったら見えるようになるから、背中合わせで戦おう」
「………………」
「?………騎士さ、んンッ………ぐッッ!?」
騎士の1人がウルクの顔を掴んで持ち上げた。
「予想外の邪魔が入った。これから王女を回収する」
「!?」
ウルクはそれを聞いてバタバタと体を動かす。
しかし、ビクともしない。
「部隊長、先程の男は?」
「放っておけ。大方逃げたのだろう。第1姿を完全に消す魔法もスキルも存在しない。出てきたら来たで殺してしまえばいい」
「ハッ!」
騎士達はウルクを囲む。
万が一抜け出したとしてもすぐに殺せるようにするためだ。
「暴れるな。貴様は我が主人の命により連れ帰ると決めている。もちろん、魔道王ではないがな。ルナラージャの機密を吐かせるためだろう。この洞窟にあるものを回収させてからにしようと思っていたが、こうなっては仕方ない。他にも狙っている連中がいるとわかった以上、即刻連れ帰る」
「むー!! むぐーーッ!!」
抵抗をやめないウルク。
すると、
「隊長、こいつで遊んじまっていいですかね? その方が静かになると思いますよ?」
「ふむ………確かに、無傷で連れ帰れとも言われておらんな。まぁ、好きにしろ。殺すなよ」
「ありがとうございやす!!」
部隊長と呼ばれた男からウルクを受け取る男。
しかし、
「う、おっ!! 暴れんなこのッッ!!」
まだ暴れるので、男はウルクを持ち上げて殴ろうとした。
恐怖。
今まで麻痺していたこの感情が蘇ってくる。
怖い。
誰か、
(助けて——————)
「はははは——————あ?」
男の腹には、短剣が突き立てられていた。
背後の影はそれを引き抜いた。
「ぎぃあああああああ!!! あ、ごほぁッ!! ゲハッッ!!!」
男は思わずウルクを放す。すると、背後にいた影はウルクを受け止め、距離をとった。
「お、お、まえ………どっ、から………」
「確かに、たまには躊躇しないことも大切だね」
影の正体は、流。
流はウルクをチラッとみる。
「………殺しに来たんじゃないの?」
「あっはっはっは。面白い冗談だね、っていうのも2回目だよ」
ゆっくりと、ウルクを下ろす流。
そしてこう言う。
「殺しにきた? 違う。俺は謝りに来たんだ。殺しに加担しようとしたことをね。だから、貴女にはここで死んでもらったら困る」
流は武器を白騎士達に向ける。
「俺は決めたよ、ウルクリーナ。あの国とは敵対するって。あいつをあの国においておけない。俺はクラスメイトをみんなこっちに引き抜いて、せめて普通に暮らせるようにする。その程度の責任は負っているつもりだ」
「………ルカのこと?」
「正解………って、良く覚えてるなぁ」
「そっかー。じゃ、バリバリ働いてファリスさんに信用を得ないとね」
「やっぱそのルートか。いや、そんな事を言っている場合じゃなさそうだ」
刺された男もすぐに立ち上がる。
回復したようだ。
「勝てる見込みは薄そうだね。やっぱ逃げるしかないかな………………いや、彼らに帰られるのはダメだ。なんとしても、俺は勝たなくてはならない!!」
決心を固めて、いつになく真面目な表情で前を見据える。
すると、
「よく言ったぜ、イケメンボウズッッ!!」
「「「!?」」」
全員が一斉に声の方を振り向いた。
そこには、見慣れない黒騎士が立っていた。
「本当の護衛、参上だ。ガッハッハッハ!!」
豪快な笑い声を上げて、黒騎士は剣を抜いた。




