第341話
「は、え………? 何で、どうやって………!?」
なぜ俺が出てこれたのか理解できていない様子だった。
わからないだろうな。
当然だ。
理解できない力なのだから。
ギリギリで間に合ったらしい。
保険で防御魔法をかけておいたが、どうやら発動せずに済んだらしい。
俺はブルーノの腕を掴んでいる手に力を込めた。
「!? ぐ、ギ………ぁああアア………!!!」
俺はそのままブルーノを持ち上げて、霧乃の方へ投げ飛ばした。
「ッッッッラァッ!!!」
霧乃は唖然と俺を見ている。
しかし、おれは奴のことはそっちのけでミレアの方に注意を向けた。
ひどく怯えている。
脅されたのだろう。
掛けられるのは仕方なかった。
現状、無傷の可能性はこれくらいだったから誘導してみたが、やっぱり許せないものは許せない。
「おい」
「!」
霧乃の俺に対する警戒心が一気に高まった。
俺は警告する。
「この女に指一本でも触れてみろ。テメェの存在の、カケラ程も残らねェと思え」
「ッッッ………………!!! 調子に乗りすぎだわ………あなたッ!!」
周囲の霧が収束し、次々に奴の分身を作り始めた。
ただの分身ではない。
これは、一体一体が本物と同等の気配を持つ分身だ。
「ミレア」
「………………ぁ………は、い」
少しずつ落ち着きを取り戻してはいるが、多少恐怖が残っている。
まだ動かすわけにはいかなそうだ。
俺はしゃがみ込んでミレアの目をまっすぐに見た。
多分、こいつはもう、俺をトラウマの対象からは除外している。
だから、向こうも俺の目をしっかりと見つめ返した。
「………」
俺はよく、人の頭を撫でる。
宥めたり、褒めたり、なぐさめたり。
多分それが、 俺にとって最初にやった人間らしい行動だからだ。
琴葉や愛菜にはよくやっていた。
あまり思い出したくないが、蓮にだってしたこともある。
一種の………なんていうのだろうか。
俺にとってそれは、特別な行為なのだ。
だから、
「大丈夫」
俺はそうやって、そって頭に手を置く。
一瞬ピクッと身を引いたミレアも恐る恐るこちらを見て、何も言わなかった。
「大丈夫だぜ、ミレア。恐怖は俺が取り去ってやる。だから、安心しろ」
緊張が解けたのか、脱力してへたり込んだ。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
背後に奴の影が迫っているのがわかる。
「「「死になさい!!」」」
なるほど、躊躇がない。
こいつは殺せる人間だ。
つまり、生かしておく必要はない。
「死ぬ………死ぬ、ねぇ………」
強化。
抜刀。
破壊。
一瞬、いや、もはや同時に等しい。
地面を蹴ると同時に抜刀し、剣を振る。
効率のいい、極限まで無駄の省いた剣戟は、靄を根こそぎ消し去り、絶望的なまでの戦力差を見せつけた。
「なっ………………! でも、分身はいくらでも創り出せるわよ!」
再び分身を作ろうとした。
だが、
「ふぅッ………………ッッッァア!!」
魔力を込め、それなりに本気で剣を振れば、衝撃と魔力で、斬ったものの周辺を消滅させられる。
今回は完全に出来上がる前に消しとばした。
半分ほど消えた分身を、本体は呆然と見ていることだろう。
「こんな………こんな………ッッッ!!!」
作っては消し、また作っては消す。
徐々になくなっていく分身に恐怖を感じる霧乃。
その霧乃に、俺はこう問いかける。
「覚悟、あんのか?」
「はぁ!? 覚悟?」
苛立ちを交えた声でそう返す霧乃。
明らかに虚勢を張っている。
「まさかこんな事思ってねぇよな? 私は殺されない、って………………殺そうとしたのに、殺さないでってのは、どう考えても虫が良すぎんだろ? だからもう一回聞くぞ。覚悟、あんのか?」
霧乃はギリっと奥歯を噛み締めた。
しかし、何かを思い出したようにハッとし、すぐさまニヤリと笑みを浮かべた。
何か企んでいるらしい。
「覚悟………そちらこそあるのかしら?」
「何?」
次の瞬間、視界が暗転した。
これは、
「あっはっはっはっは!! いくら強くても所詮こんなものよ!! 全く滑稽だわ!! さっき受けたばかりだというのに、あなたは私の力を忘れたようね!!」
直接靄を目に貼り付け、 幻覚を見せる力。
この女は、先程使った力を再び行使したのだ。
懲りずにまた。
「覚悟? ええ、してるわ! 強者で居続ける、搾取する者でい続ける覚悟はね! その重圧を歓びに変えるだけの器を持っているのよ! 今度こそ死ね!!」
本体直々に飛び出してきた。
強化もしてある。
勢いも十分だ。
今日最も本気を出したといってもいい。
——————まったくもって無駄だというのに。
「あっはっはっはっは——————あ?」
霧乃は数秒遅れて自身の異常に気がついた。
右足と右腕がないという異常に。
「い、ッぎ………ぃぃぃぃいァアアアアアアアアアッッ………!!!!!!」
「どうした? 強者で在り続けるんだろ? 搾取し続けるんだろ? はっ、笑わせんな劣等種が。お前はただの転移者だ。同じ異世界人でも出来が違うんだよ。理解しているか? テメェの目の前に立っているのは絶対の力だ。完全に上位互換だ。俺は、特異点なんだぜ?」
視界を塞ぐ靄を消滅させながら俺はそう言った。




