第337話
俺達は地下に降りていた。
案の定暗く、天井の明かりは殆ど届く様子はない。
若干、ほんの薄く見える程度だ。
「真っ暗だな、オイ」
思ったより深くかんじる。
いや、勘違いではなく、実際に普通より暗い。
「黒い靄か………」
この靄が視界を霞ませているのだ。
「見えるのですか?」
「俺は暗視が出来るからな。夜だろうが真っ昼間みたいに明るく見える。夜も安心して眠れるわけだ」
「そもそも貴方を狙った時点で見えていようが見えていまいがやられてしまうのはほぼ間違い無いのでは?」
「おぉ、確かに」
そう言われればそうだ。
さて、無駄話はそれくらいにして、そろそろ動くか。
ミレアは光魔法で明かりを灯した。
ここでようやくミレアは靄を視認する。
「なんなのでしょうか、この黒い靄………」
「………」
発生源はおそらく、この奥にいる異世界人だ。
この靄からは魔力を感じない。
こう言った現象に魔力を伴わないケースはかなり限られてくる。
「有害って事は無さそうだ。恐らくこれは何かの副産物。奥でやってる何かから生まれたもんだ」
「吸っても大丈夫なのでしょうか」
「問題はなさそうだが、自分から吸うようなマネはすんなよ」
多分、そう言う靄ではない。
ただ、影響はゼロとは言い切れないので、念のため用心して欲しいのだ。
「そこまで馬鹿じゃありません」
フン、と言ってよそを向くミレア。
こいつも大分、俺に慣れた頃だろう。
じゃないと、同室の俺はすごく困る。
それはもう困る。
………ふと、気になった。
「お前、何で俺は大丈夫なんだ?」
「いきなりなんですか?」
「いや、お前他のやつなら明らかに嫌悪感を見せるのに、俺にはあんましねーだろ。触りさえしなければだがな。さっきはああ言ったものの、実際はどうなんだろってな」
ミレアは黙った。
だが、嫌だったわけではなく、本気で考えている様子だ。
パッと出てこないような理由なのか?
「………そうですね。何と言いましょうか。私が男性を苦手とする理由は、やはり怖いからでしょう。昔あった出来事がきっかけで私は私を見る男性の視線、何か含みのありそうな言動、他にも色々、以前は平気だったのに、今はまるでダメになってしまいました」
この辺りは俺の予想通りだ。
「以前貴方は言いましたね。自分には私を見る男性達のような思考はない、と。ええ、それも一つの要因でしょう。でも、決定的な理由ではありません」
「!」
そうなのか。
てっきり俺はそう思っていたんだが。
「決定的な理由は、戦っていた時に思いました」
「へぇ? そうなのか」
「はい。言葉を交えるより、剣を交える方が、心を通わせられると、騎士が言っていたのを聞いたことがあります。私は、戦っていて確かに感じました」
「ふーん………ちなみに、何を?」
気になる。
ただ純粋に好奇心だ。
しかし、
「内緒です」
「はい?」
「これはいくらケン君でも言えません。これは私の秘密なので」
ミレアは人差し指を口に当ててそう言った。
「んんん………モヤモヤするなぁ………ちょっとだけ! な!」
「ダメです。貴方のことですが、ダメです。ふふ」
——————言えません。言えるわけがありません。これは、知らないなら知らない方がいいことですから。
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俺たちはしばらく歩いた。
思ったより広い空間だ。
だが、近づいているのは間違いない。
時折感じる強い魔力が俺たちにそう訴える。
「物凄い魔力ですね………」
「こいつが何らかの理由で押さえつけられてるって考えたら、操ってるやつは相当の手練れだな」
異世界………向こうから来た俺たちは、この世界の人間よりも成長スピードが早い。
正直、異常な程だ。
蓮達も、王都で別れた後にフェルナンキアで再開した時はかなり強くなっていた。
結論から言うと、この奥にいる異世界人は、ラクレークラスだ。
何故そこまで伸びる事が出来たのかはわからないが、流達とは確実に違う。
「ケン君………」
ミレアが恐る恐ると言った感じに話しかけてきた。
言いたい事はわかる。
こいつも感じ取っているのだ。
「ああ、当然だが、向こうは俺たちに気づいてる——————」
マズい、殺気だ。
「構えろ、ミレア」
暗闇の奥で光る赤き双眸は、禍々しいものを宿した真っ黒い感情をぶつけて来た。
予定より早く戦う羽目になったな。
「来るぞ」




