第328話
ルクスは語り始めた。
あれは、数日前の話だった。
「ね、今度の合宿自由時間一緒に遊ばないかい? 僕もう少し君と親交を深めたいんだけどなぁ」
俺はいつも通りリンフィアを口説いていた。
待て、文句は後でまとめて聞く。
とりあえず続けさせろ。
それで、リンフィアの方は、
「えーっと、カプラちゃんとコロネちゃんも一緒でいいですか? 先に約束してるんです。もしくはケンくんやニール………この間私が話した人達です」
俺は少し考えた。
どうにか二人きりになれないものかと。
二人きりならどうにか落とす自信はあった。
だが、理由が思い浮かばない。
なので、
「僕はデートがしたいんだけどなぁ」
と、単刀直入にそう言ってみた。
大体みんなこれで落ちる。
だが、リンフィアは違う。
「ごめんなさい、デートはダメです」
一切揺らぐ事なく断った。
あそこまではっきりとした拒絶はなかなかない。
普通ならどんなに落ちにくい奴でもほんの少しは手応えを感じるんだ。
少しでも、1%でもあればわかる。
だが、リンフィアにはそれが無かった。
他のやつでいっぱいになっていて、俺が入る余地はない。
邪魔しようと手を伸ばしても、その手が入り込める隙間すらない。
「そうか………うーん残念だけど、今回は諦めるかな。また誘わせて貰うよ」
「あはは………」
あそこまで引攣られるのも滅多にない。
何としても落としたかった。
だが、狙っているのは俺だけではない。
リンフィアはあの見た目だ。
このクラス、いや、学院でも屈指の容姿だろう。
かなり人気が高い。
その狙っている連中の一人に、俺と一緒に学院に送り込まれたスパイがいた。
そいつの名前は乃坂 由知。
学院ではユノ・ハルトロスと名乗っている。
ここから場面が変わる。
これはつい先日のことだ。
「お前ンクラスにリンフィアって子いるじゃんか」
「ん? なんだ、お前も狙ってるのか。今俺が狙っている子だよ。全然靡かないが、そこがまた興味をそそられる」
「ほー。じゃ、遠慮なく言うが、俺はその子狙うことにしたぜ」
当初、俺は驚いた。
乃坂は世事にもカッコいいとは言えない。
不細工でもないがな。
だが、そいつはマジで狙っていたんだ。
俺がいると言うのに、だ。
「お前、俺が落とせない女の子を落とせるとでも思っているのか? やめておいたほうがいい。玉砕するだけ………」
「あの子は、持っているんだ。へっへっへ、“観た”からわかる。あの子を手に入れたやつァ一国の王にもなれるだろうぜ?」
乃坂はそう言った。
彼はリンフィアが女としてほしいのではなく、何らかの道具として欲しているという事に俺は気づいた。
彼は“観た”と言っていた。
おそらく鑑定の類ではない。
固有スキルだ。
だが、何のスキルなのか俺は知らない。
俺たちはお互いにお互いの固有スキルを明かしていないからな。
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「一国の王と言ったのか?」
俺はルクスにそう尋ねた。
「ああ、間違いなくそう言っていたよ。なぁ、奴は一体何を観たんだ? リンフィアちゃんは一体何者なんだ?」
「テメェにそれをいう義務があるか? ウルクを狙っているテメェに。あいつと敵対するという事は、俺やリフィもテメェと、いや、あの国と敵対するぜ?」
リンフィアは少なからずウルクにも恩を感じているだろう。
そもそもお人好しなあいつの性格だったら、暗殺なんぞ見過ごすわけがない。
「敵対………………敵対か」
フッとルクスが笑う。
妙な反応だと俺は思った。
「敵対などしないさ。俺はあの国に愛想を尽かしている」
「何………………?」
「俺は王女と面識がある。彼女は人のいい女の子だ。あんな国にいたに関わらず、くだらない王族のプライドを持たずに俺たちと分け隔てなく接していた。そんな彼女を殺せって命令が来たんぞ? 俺は恐ろしくなった。ただの学生の俺が、『殺し』だ。しかも、何も悪い事をしていない女の子をだ。出来るわけないだろう!? ………でも、それ以上に俺は自分が死ぬのが怖かった。あんな大きな国に逆らうことが。だから………」
「………で、いざとなったら殺す方が怖くなった訳か」
「ああ。もう戻る気は無い。決心した」
「………」
そうか。
うん。
だったら使える。
こいつは使えるぞ。
「じゃあ、俺たちと組め」
「………は? 俺がか? 冗談じゃない。なぜそんな事をしなければならないんだ。アンタはあの国と敵対するつもりなのだろう? 悪いがもう関わりたく無いんだ。だから俺は………」
俺はアイテムボックスから財布を取り出した。
「報酬は弾むぜ?」
「は、白金貨………!! なんだこの量は!! 一生遊んで暮らせるぞ………!!」
「俺たちと協力して俺の企みが成功すりゃアこいつをくれてやる。女遊びもし放題だ」
ルクスはゴクリと唾を飲んだ。
「流だ」
「あ?」
「俺の名前は、楠 流だ。手を組ませて貰おう」
「ああ。手を組もう」
こうして、思わぬところで二重スパイを獲得したのだった。




