第321話
殺気を、抑えろ。
今じゃない。
この感情を表に出すのは今ではない。
狂気はまだ必要ないのだ。
だから、一度落ち着こう。
「ふぅ………」
ミレアとエルがビクッとした。
さっきは多分、よっぽど酷い顔をしていたと思う。
自覚はある。
昔の自分を見ているようで嫌になったのだ。
俺と同じ思いをする子供がいることが許せなかったのだ。
「あ、あの………なぜ洞窟の上に?」
ミレアが漸く口を開いた。
(まだ少し、怖い)
何を考えているか何となくわかる。
怖がらせ過ぎた、と反省する。
だからここは、
「ああ、こっちの方が入りやすいからな」
普通に返した。
「っ………………!?」
まぁ、驚くだろうな。
「ンだよ。何か俺に変なもんでもついてるか?」
「い、いえ」
「………」
俺は、スッと手を伸ばした。
何でそんなことをしたのか、自分でもよくわかっていない。
「………!」
当然ミレアは、警戒するように一瞬身を引いた。
わかる。
元の男嫌いが原因なわけじゃない。
これは、恐怖への拒絶だ。
ああ………失敗しちまったなぁ。
俺は伸ばしかけた手をその瞬間に止めていた。
そして、手を引く。
そうか。
そうだよな。
俺という奴はどこに行っても変わらねぇもんだよな。
俺は再び振り向いて、前に進んだ。
後ろから伸ばされている手に気づいていながら。
「あ………………」
ミレアはひとこと何かを呟くと、 手を胸の前でキュッと組んだ。
あとは何も言わずに、俺についてきた。
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ここは、鱗の泉における盗賊達の拠点。
今回の件に際して急いで作ったアジトだ。
今は半分ほど出払っているが、普段は盗賊達で溢れかえっている。
出払っていると言っても、もう一箇所の拠点に行ってるだけだ。
「兄貴ィ、騎士どもが入って以来女や金目のもんの調達が難しくなっちまいやしたね」
ナイフを持った盗賊がそれを振り回しながらそう言った。
この無精髭の男は、盗賊団の幹部の一人で、ビヨンドと言う。
「そうだな。だが、今回のこれは略奪でも侵略でもねぇ。これは仕事だぜ」
「憂鬱とも言えないのがなんともって感じですね」
「ああ。なんせ、自由にドラゴンに乗って暴れられるんだからな。しかも、そのままこのトカゲをくれるときたもんだ。こんなうめぇ仕事はねぇよな。ヘッヘッヘ」
手に持っているのは、“協力者”から得た対竜種の指輪。
対竜種のもう一つの能力で、竜を操っている。
「まさか、思わぬ連中から協力を得られたが、まぁ俺たちがうまい思いが出来りゃそれでいいからな」
「その協力者ってだれなんですかい?」
「知りたいか?」
ビヨンドはニヤリと笑う。
子分は何度も頷いた。
「仕方ねぇなァ。お前らには特別に教えてやろう。協力者っての——————は、へれ?」
ビヨンドの胸から小さな刀身が生えてきた。
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それは、唐突に現れた。
黒いローブの男。
その男は突然現れ、兄貴の心臓を刺した。
その男は、信じられない動きをしていた。
「なんだテメ—————————」
兄貴の前にいたはずの男は、一瞬で迫り、仲間の心臓を背後から突き刺した。
「っ!? この—————————」
そしてまた刺した。
そしてまた。
刺す。
刺す。
刺す。
どんどん貫かれていく仲間たち。
それを眺め、心臓の鼓動が早くなっていくことに気がついた。
いつ止められるかわからない、この心臓が動く音は、耳からでも自分でもはっきりわかるほど大きくなっている。
いやだ。
死にたくない。
俺は恥も外聞もなくボロボロ泣いた。
そして、最後の1人になった。
「うーん、協力者には悪いけど、これは僕の望むところじゃないんだよね。せめて20………いや、30は殺っときたい」
「はっ、はっ、はっ」
「ん? おっと、そこにもう1匹」
嫌だ。
やめて。
助けて。
お願い。
殺さないで。
見逃して。
この言葉で頭の中が埋め尽くされた。
しかし、
「悪いけど、生かすつもりはないんだ!」
にっこり笑った男を最期に目に焼き付け、俺は死んだ。
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「先を、 越されたようだな」
むせ返るほど濃い血の匂い。
全員、綺麗に4肢を斬り落とされている。
「うっ………ケホッ………」
「これはきついのです………」
「エル、影に戻れ。ミレアは【パージカーテン】をかけといた方がいい。この臭いは堪えるからな」
生活三級魔法【パージカーテン】
強い臭いや埃や汚れなどの一切を遮断する魔法。
「はい………」
ミレアはパージカーテンで血の匂いを遮った。
俺は死体を観察する。
この鮮やかな切れ口は、おそらくその道のプロだ。
間違いなく殺し屋がいる。
「となると………………やはり、展開が動きそうだな」
今回の一件、まだまだ何かありそうだ。




