第32話
「よう、ボウズ。さっきぶり」
「よう、おっさん。さっきぶり。その口ぶりじゃあ、やっぱり俺らのこと見てたのか」
宿でのあの視線はやはり俺のことを見ていたようだ。
「がっはっは! やっぱすげーな! 絶対わかんねーようにしてたんだけどな。強そうな奴を見るとついやっちまうんだよ」
強そうだと思ってるということは、ある程度でも相手の力量がわかると言うことだ。
ただ、こちらも目立たないように振る舞っていたのだが、どうやら見抜かれたらしい。
やはり、只者ではない。
「アンタこそ視線を隠すのうまいな。流石はギルドマスターってとこか」
「がっはっは! よせやい、気付かれてんなら意味ねぇよ」
少なくとも悪い印象ではない。
話の通じるタイプだ。
「マスター。お喋りはそこまで。あなたがここに連れてこられたわけはわかりますね?」
そう問うマイの目には少し敵意が込められていた。
やはりこの世界で魔族は人間の中で嫌われ者になっているようだ。
「はい」
「マスター。彼女は半魔族です」
「ほぅ」
しかし、ギルドマスターの方には敵意はなかった。
それを見て、何かを確認するような視線をリンフィアは飛ばしてきていた。
覚悟を決めた顔だ。
正直にいうつもりだろう。
「………隠しても無駄だろうからな。言っちまえ」
コクリと頷き、一呼吸置いたリンフィアは、自分の正体を隠さず話した。
「はい、その通りです。私は半魔族。魔族と人間の間に生まれました」
「そうか………」
少しの沈黙の後、マスターはこう言った。
「別に半魔族をギルドに入れるなってルールはないんだよなぁ」
「!」
驚いた。
そんな人間もいるのか。
「しかし、マスター。これは問題になりますよ。彼女は半分とは言え魔族の血が入っているのです。国が黙っているわけがありません」
「そこなんだよな。まあ俺としては可愛らしい若い女の子が入ってくれる分には大歓迎なんだけどよォ」
「マスター!」
マイが大きな声をあげた。
これは、こっちが融通の効かないということだろうか?
いや、決めるのは早計か。
まだ様子を見てみよう。
「わぁってるよ! あのなぁ嬢ちゃん。俺やそこのボウズはともかく大半の人間は魔族を嫌ってる。広く認知されてるわけじゃねぇから確かな事は言えねぇが多分半魔族も似たような感じだ。俺はギルドマスターとして、お前さんのギルド加入を簡単には許せねぇんだよ」
このギルドマスターにも立場というものがある。
そう易々と許すわけにはいかないのだろう。
「………」
リンフィアは歯を食いしばっていた。
しかし、黙って退く気はないらしい。
「………だったら」
「だったら?」
「だったら、私がそんな馬鹿みたいなルールを超えて魔族を認めてくれる様にしてみせます! 私自身が認められれば不可能じゃないはずです!」
これはまた大それたことを言ったなぁと思った。
突拍子もないし、現実味もかなり薄い。
だが、嫌いじゃない。
「がっはっは! いいじゃねぇか! そいつァ、痛快。でもな、」
大声で笑ったと思えば今度は真剣な顔になった。
「そう簡単にはいかねぇ。魔族を嫌う考え方はずっと昔から深ーく根付いちまってる。はっきり言うが無理だ。諦めて帰んな。国には言わねぇ。黙っといてやる」
「でも………でも………!」
ギルドマスターに威圧に負けじと食い下がるリンフィア。
こいつを今折らせるわけにはいかない。
「嫌悪じゃないんだよなぁ」
「「?」」
俺はずいっ、と。
マイの方に顔を近づけた。
「あんたのそれ、魔族を嫌う………いや、何かを嫌悪するというか忌避する目じゃない。別に魔族が嫌いってわけじゃないんだろ?」
「は? ………まぁ、そういうわけではありませんが」
「じゃあ秩序を重んじるからか?」
「え、ぁ………」
む。
ほんの一瞬だが、不自然に目を逸らした。
どうやら運がいいようだ。
何か、後ろめたいものがあるらしい。
「なんだ? どうした?」
「何を——————」
最後に一つ、威圧混じりに顔をさらに近づけて、
「アンタ、一体何を——————」
と言ったところで、
「「「!!!」」」
ドンっ、と。
隣の床に、ギルドマスターの足元に、大きなヒビが入っていた。
俺は肩をすくめて少し離れた。
ま、成果はあった。
付け入る隙はありそうだ。
「すまんすまん。やりすぎだったな。まぁ、俺としても気になったわけよ。でも、そっちは納得しないだろうからこっちとしてもやり方を変えささてもらおうと思ってな」
「ハッ、何だそのやり方ってのは?」
さて、リンフィアに習って、俺もちょっと突拍子もないことを行ってみよう。
「おっさん、模擬戦しようぜ」
「「………………は………?」」
2人はポカンとしている。
ちょっと急すぎたかな、と思ったがそれはどうでもいい。
どうやら、おっさんは食いついたようだ。
「それが終わって数分後にアンタらはこいつを入れることに首を縦に振るだろうよ」
このおっさんなら絶対乗ってくる。
何せ、
「くくく………」
このおっさん、ずっと笑っている。
「よくわからんが、面白そうだ」
はい来た。
「ここの地下に演習場がある。めちゃくちゃ広いからそこで戦ろう」
「ああ」
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演習場は戦うのに十分の広さがあった。
これは趣味なんだろうなと言うのがなんとなくわかる。
このおっさんかなりのバトルジャンキーだ。
「さァて、戦おうか、ボウズ」
「ああ」
俺は木刀を出した。
「あ、おっさんは真剣で構わねーよ。あと、ブーストして構わねーからな。赤出せるんだろ?」
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ダグラス・オーバーン
人間
HP:17000
MP:10000
攻撃力:10000
守備力:10000
機動力:8000
運:15
スキル:剣術Lv.8/格闘Lv.7/索敵Lv.5/威圧Lv.6/商業Lv.6/リーダーシップLv.7/酒豪Lv.3
アビリティ:魔力操作/魔法【強化魔法・2種・二級/防御魔法・物理・三級/防御魔法・魔・三級/回復魔法/三級
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ギルドマスターはダグラスと言う名前だった。
アビリティ・スキル的にダグラスは物理戦闘タイプ。
接近戦の練習台としては丁度いい。
と、余裕綽々な俺と違って、向こうは不快そうな顔をしていた。
先程の発言を聞いて、少し頭にきているらしい。
「………そいつァ、チィとばかし馬鹿にしすぎなんじゃあねぇのか?」
すっかりやる気だ。
気迫でなんとなくわかる。
このギルドマスターはその辺の連中とはわけが違う。
だからこそ、この作戦は有効だ。
「それはアンタが試してみろよ」
ブチっと言う音が聞こえた気がした。
「ったく………どうなっても知らねぇぞ………『我が肉体は鋼の如く強靭となり、神速を得る。人の限界を超え、天上へ至らん。カルテットブースト』」
ダグラス体を赤い光が包む。
攻撃力、防御力、機動力が跳ね上がる。
それぞれ俺と戦うに足る強さだ。
「行くぜぇ………ボウズッ!」