第30話
宿の周辺は商業区で、多くの店が構えられていた。
「食べ物も服も沢山売ってますね。色々見てみたいです」
「うーむ、まずは金がいるな」
国王から貰った金貨は家具代と食事代には足りている。
しかし、それ以上の生活を望むにせよ、何にせよ金は絶対に欲しい。
大量にあればこれから先の行動にも選択肢が増えるだろう。
「ギルドに行くか」
「ギルド………冒険者になるんですか?」
「ああ、お前もだぞ」
「あ、そうでしたね。私でもなれるのでしょうか?」
「あー………何とかなる!」
なれるとははっきり言えないが、何とでもなるだろう。
半魔族のことさえバレなければ大丈夫なはずだ。
「一応、今被ってるその帽子被ったまんまにしとけ。半魔族ってのがバレたら面倒になりそうだ」
「じゃあ、そうします」
リンフィアは帽子をグイーっと引っ張る。
被りますというサインのつもりだと思う。
「それにしても人が多いな。王都はこんなに人は居なかったんだけどな。やっぱ商業が盛んだとこうなるのか。念のためにはぐれた時は宿に行くってことで……」
「ちょ、ちょっと待ってくださーい。はぐれちゃいます」
「ん?」
後ろを振り返るとリンフィアが人混みに流されたのか姿が消えていた。
「………えー」
流石に早いだろー、と思わずにはいられない。
「言ってすぐにこれとは。はぁ、しょうがねー。戻るか」
人混みを避けつつ宿へ向かう。
すると、あるものが目に入った。
「ここは………教会か」
教会。
この世界に来る前までそれの存在は俺にとってなんでもなかった。
だが、今は違う。
神と関わった今はそれなりに気になるものになった。
「まあ、ちょっとくらいなら」
少し立ち寄る事にした。
そこまで時間は食わないだろうから問題ない。と思う。
「へぇ、教会の中ってやっぱりこんな感じか」
椅子がズラーっと並べられている。
ステンドグラスの様な物も見られる。
よく見るタイプの教会だ。
「あのステンドグラスで表しているのが神なんだろうな」
それはヒゲの生えたおっさんだった。
どこの宗教もあんな感じになるんだろうな。
「おや、これはこれは珍しい」
奥から年配の男性が杖をつきながら歩いて来た。
珍しい、とは俺のことだろう。
「若者がこの教会に来るとは。興味がお有りで?」
「まあな。特別に信仰はしてねーけど、世話になった神がいるからな」
「それはそれは………」
爺さんはゆっくり頷いていた。
「今にもひょっこり出てきたりしてな」
「そうだねぇ。あ、数日ぶり」
「おう、数日ぶり………………!?」
あまりに自然にそこにいたので驚いてしまう。
にわかには信じがたい光景だ。
何故トモがここにいる?
「お前それ、思念体ってやつか?」
「せいかーい。流石ケンくん。一発で当てに来るとは空気を読めないねぇ」
「うるせっ!」
こういうところだ。
こういうところが本当に神かどうか疑ってしまう。
だが俺はこいつの凄さを身をもって知っている。
いくら疑っても神なのだ。
その証拠に
「お、おぉ……おお」
信心深そうな爺さんは拝みまくっている。
「いやぁ、下界をのぞ……ゲフッゴホッ! えー、偶然目にしていたら、ケンくんが教会に入っているのを見たからね」
「お前今覗くって言おうとしてたよな」
覗きって、神としてどうなんだ。
「はいっ、細かいことは気にしない。それよりどう? 追い出されてから」
「まあ、それなりに楽しんでるよ。新しい旅仲間もできたしな」
「ああ、あの子か………ふふふ、君は相変わらず面白い。どういう縁なのか………まさか君がそちら側に行くとは思っていなかったよ。いや、あの子は単身だから別か。なんにせよ面白い」
そちら側?
何のことだろう。
「おや、時間が来てしまった。また今度ね、ケンくん」
「もう行くのか」
「一応多忙だしね。教会に来てくれたらまた会えると思うからいつでも来ていいよ」
そう言ってトモの思念体はスッと消えた。
消えたのを見て爺さんは再び驚いていた。
寿命が縮まないか心配だ。
「相変わらず自由な神サマだな、トモは。さてと、そろそろ俺も帰るとするかな」
「お待ちくだされ!」
何故か爺さんが俺を引き止めた。
「どうした爺さん?」
「貴方は何者なのですか? ここは知恵の神の教会。つまり先程の方は知恵の神だということです。違いますかっ!」
「いや、違うとは誰も言ってねーけど………」
「おお! やはりあのお方は我らが知恵の神だったのだ!」
興奮してるなぁ。
「よかったな、信仰している神サマにお目にかかれて。それじゃ」
長引きそうだったのでさっさと逃げることにした。
「ああ! 待たれい!」
爺さんは俺を追って外に出たがその時既に俺は屋根の上を跳んていた。
「い、いない。やはり神の使いだったのかっ!」
ものすごい誤解を生んでしまったがそれについてはまた別の機会に。
———————————————————————————
「あ、いた!」
宿に戻ると先にリンフィアが着いていた。
「お、もう着いてたか」
「いやぁ、流されてたらここに辿り着いちゃったんですよ。運が良かったです」
なるほど、そう言う事か。
お前一人で辿りつけるとは思ってなかったとは言わないでおこう。
「それでどうしますか? このままギルドに向かうのは難しいですよ」
「いや、このまま向かう。ただし、」
俺は上を指差した。
「あー、なるほど。じゃあ、はいっ。どうぞ」
リンフィアは外に大きく手を広げた。
「何してんだ?」
「見ればわかるでしょう。早く抱きかかえて下さい」
「お前には抱きかかえられる事への抵抗はないのか?」
「いいんです。ケンくんなら」
そう言われてしまえばもう何も言えない。
「はぁ、そういう事あんま言うんじゃねーよ。行くぞ!」
ギルドは街のどこからでも見える。
俺たちは街の中央にあるギルドへ向かった。
———————————————————————————
「ふっふーん」
「あん? どうした知恵の。えらく機嫌がいいな」
力の神はトモにそう言った。
「もー、名前で呼べって言ってるじゃないか。機嫌がいいのは今面白い事になってるからだよ。ほら」
「どれどれ」
力の神はトモと同じように地上の様子を覗いた。
見ているのはもちろん俺だった。
「………おいおい、こいつァ、どうなってんだ?」
「ね、面白いでしょ?」
「ぶわっはっはっはっは! いいな、お前んとこのガキ! まさかそいつと一緒に旅してるたァな!」
力の神は豪快に笑った。
心底楽しそうに笑った。
そいつと呼ばれた人物。
それは、リンフィアのことだった。