第294話
「度胸試し?」
「え? そんな感じなの?」
「驚かす系か?」
予想外の回答に驚く生徒たち。
あれはファルグの伝え方が悪いと思う。
これから行われるのは、生徒たちが考えるようなチャチなものではない。
「確かに、人によっては難しいだろうな」
「特科生でもビビリはいるだろうしね」
「でも、拍子抜けだよな」
「………言っておくが、ただの度胸試しじゃないぞ」
ファルグはそう付け加えた。
生徒たちも本気で言ってる訳でもないが、何せ内容がわからないのだ。
「先生、そろそろ詳しい内容をお教えして頂いてもよろしいですか?」
ミレアも内容が気になっているらしい。
すると今度は、
「そうだぜ、センセ。勿体ぶってんじゃねぇよ」
ガリウスはしびれを切らしている。
「あー………別に勿体ぶってるつもりは無いんだが………俺はこの測定あんましやりたくないんだよ」
「したくない、とは?」
ミレアが聞き返した。
「危険じゃないと言うのは、あくまでも命の危険はないって事だ。だが、気をしっかり保たないと、こいつはトラウマになる。もう言っちまうが、この測定は………」
ファルグはその内容を明かした。
「殺気への耐久を測るテストなんだよ」
「殺気………!」
戦闘において最も重要なことの一つは、怯まない事だ。
それは隙を生み、戦闘での選択肢を狭め、結果として自身をしへと追い込む。
死に向かう事が死を回避するという皮肉だ。
「先んじて知らせるが、今度の合宿は魔法騎士団の仕事に加わって盗賊の殲滅やモンスターの駆逐を最終目標とする特別なものだ」
この国は………いや、この世界は向こうとは少々常識が異なる。
少年兵も普通に存在する。
ギルドに多少の未成年に制限がつく理由は、ビジネスだからなのだ。
倫理的な理由ではない。
「盗賊………」
「モンスター………」
だが、そう言った常識が違うという事は当然、命への感覚も、向こうとは違ってくる。
「スゲェ………! あの魔法騎士団と盗賊退治出来んのかよ!」
「じゃっ、じゃあもしかして“白鳥の騎士”にも会えるのかな!?」
「え!? あの“白鳥”!?」
白鳥とは、有名な騎士なのだろうか?
何にせよ、俺は奇妙な感覚に襲われた。
盗賊の殲滅。
つまり、殺傷もあり得るのだ。
それなのに、こいつらは誰一人、それに恐怖を抱いている様子はない。
やはり感覚がズレている。
「ぬるま湯にいた俺らとはやっぱり違う訳だな………これをさすが異世界と言っていいのか知らねーけど」
「お前ら落ち着け。言っとくが、口で言うのと行うのでは全然違うぞ。だから、合宿に行く前に度胸試しを行うんだ。ここにいる殆どが、まだ実践に慣れてないだろ」
「でも先生、それって必要何ですか? 俺たちもう結構強いですし、戦闘慣れもしていますよ?」
「実践と模擬では違うと言う事を先生は仰っているんのです。実戦を経験してのお言葉なので、耳に入れた方身の為になりますよ」
ミレアがそう言うと一気にみんな黙る。
さすが会長。
「それだミレア。それが言いたかった。いいか? 実戦では、本当に人が死ぬ。それは敵かもしれないし、お前たちかもしれない。いくら強くても、確実なものなどないさ。本当の殺意を知らねば、戦場では戦えんよ」
ファルグは生徒たちに立ちはだかるように正面に立った。
「早速で悪いが、試験を行う。それと、流石に俺1人じゃアレだから、もう2人呼ぶことにした」
校舎側から人がやってくる。
あれは………
「頼んますよ、イレーヌ先生、モルゴ先生」
両方知ってる先生だ。
「ははぁ………あまり気は進みませんが、仕方ないですね」
「試験となれば、殺気もそれ相応のものになる。覚悟しておけよ」
ファルグは地面に魔法で線を引いた。
3人はその上に立つ。
「3人かよ」
「ガリウス、あまり甘く見ない方がいい。この2人は現役時代の学院長と共に戦ってきた猛者だ。油断してると意識を刈り取られるぞ」
「チッ………」
確かに、この2人は一流の騎士の圧を完全に凌駕している。
ガリウスも本能でそれを感じ取っているらしい。
「この線を超えた者は合格とする」
「気をしっかり保たないと、殺気に当てられて気が狂いますからね。危ないと思ったら逃げて下さい」
「最も、足が動けば、だがな」
モルゴとイレーヌ。
先程ファルグが言っていた通り、かなりの猛者だ。
だが、ファルグはさらに別格だ。
恐らく、ニールより強い。
ニールと互角であろうレイの師匠なのだから当然といえば当然だが、それでも正直驚いた。
そんな奴の殺気を、これからこいつらと浴びるのだ。
こう言うものへの耐性は、正直慣れによって身につく。
ならば、かなり厳しいだろうと俺は思った。
棄権する者はすでに棄権している。
親の権力や階級でこのクラスに編入された者は大体抜けた。
だが、
「お前、平気なのか?」
ウルクは残っている。
「大丈夫だよー。きっとケンくんびっくりするから」
「さいで」
教師たちの方に向き直る。
準備は万端らしい。
「じゃあ………始めるぞ」
3人は、己に暗示をかけるようにこう唱えた。
「「我々は、君達を——————殺す」」
ゾッ
「っぁ………………!」
途端に、息苦しさが辺りを支配する。
鋭い槍のように、全身を貫く敵意。
背筋を凍らせてしまいそうな怖気。
まるで心臓に指をかけられたかのように錯覚するだろう。
冷たい汗を全身でかき、小動物のように鼓動を早め、カチカチと奥歯を鳴らす生徒。
殺意の荒波が、俺たちを襲った。




