第290話
「師匠ですか!?」
「うん。あたしは君を弟子にする為にわざわざこの城に来た。文句言ったら斬る」
凄い。
問答無用である。
傍若無人とはまさにこのこと。
「ちなみに、何でここに?」
「最近何もないなと思っていた。でも、この前久しぶりに全力で戦えて、負けちゃった」
「ケンですか………」
「うん。でも、楽しかったけど暫くは戦えなさそう。あんなにのびのび戦えたのは久しぶりだったから、また戦いたいけど戦えないのが凄いモヤモヤする」
わかる、と、蓮は思った。
この世界に転移する前、蓮はケン以外の奴とはまともな勝負ができなかったのだ。
だから、十分に戦えないモヤモヤは理解できるつもりである。
「だから思った。そうだ、いないなら作ればいい。弟子を取って育てよう、って」
ラクレーは何故かガッツポーズをとる。
もう決まっちゃいそうな雰囲気だ。
「安直すぎませんか!?」
「仕方ない。あたしと対等に戦える奴はみんな忙しいから、育てるしかない。幸い、君の潜在能力は桁違いだから助かった」
もう弟子になるのは確定らしい。
蓮も観念した。
だが、困ってはいなかった。
寧ろ嬉しいくらいである。
ただ、一つ気がかりなことがあったので、ラクレーに尋ねた。
「でも、サクラスさんは置いていって良かったんですか?」
「置いて行ってない」
「へ?」
「抱えて連れてきた」
「ひ、人攫いだ………!」
蓮は驚愕した。
いくら離れたくないとはいえ攫ってくるとは。
「仕方ない。てんちょーはあたしの専属コック」
「いや違うからね」
庭にやってきたサクラスがそう言った。
「やあ、勇者くん。いや、レン君でいいかな?」
「はい、サクラスさん。その、大変ですね」
「ははは………………」
サクラスは力なく笑った。
どうやらこの類の暴挙は日常的に行われているらしい。
くわばらくわばらと心の中でつぶやく蓮。
「と言うわけで、王のところに行く。付いてきて」
「え………えぇ!?」
そして蓮は、手を引かれるがまま玉座の間に連れていかれた。
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「久しいなラクレー。その無礼な態度は相変わらずだな」
「あたしはアルスカークに忠誠を誓った記憶はない」
王相手にこの態度。
ファリス然り、ラクレー然り、三帝と言うのはかなりの権力を持っている様だ。
と言うよりは、独立しているような感じである。
「ふむ、確かに主は我が国民ではないな」
ラクレーはピクリと眉を動かした。
しかし、逆上することは決して無かった。
「まぁ良い。この者を弟子にして育ててくれるのであれば、余としては願っても無い。部屋はこちらで手配する。主の連れてきたと言う料理人も歓迎しよう」
「ん」
それで済ませるラクレー。
国王を毛嫌いしているらしい。
だから蓮を連れて来たのだろう。
「蓮、これから修練の時間だろう? 下がって良いぞ」
「はっ」
蓮は挨拶を済ますと、出て行こうとした。
しかし、ラクレーが出て行く様子がない。
どうしたことかと思ったが、どうやら国王がラクレーを引き止めているらしい。
「レン、先行ってて」
蓮は小さく頷くと、部屋を後にした。
「なんで引き止めた」
「そう言うな。なに、久々に会うたのだから話ぐらいしようではないか」
ラクレーはあからさまにイラついた声で、
「あなたとする話はない」
と、すっぱり切り捨てた。
「ふ、手厳しい。あの日以来変わっておらぬな。初めて会ったあの日より」
「………斬られたい?」
明らかに敵意が混じっている気配を国王に飛ばした。
しかし、国王は一切動じる様子はなく、それどころか笑みを浮かべてラクレーを見下ろしていた。
「主は余程あの件が許せんらしいな」
「許せるはずがない」
「しかし、主が生き残ったのは余がいたからこそであろう?」
「だから斬っていない。はらわたが煮えくりかえるのを抑えて我慢してる」
ラクレーは振り返って扉へと向かう。
「用がないなら帰る」
「一つ、これだけ言っておく。呼び止めた理由だ」
ラクレーは背を向けたまま話を聞く。
王はこう言った。
「近々我が国は、ルーテンブルクと和平を結ぶ」
「!!」
「我が娘フィリアをあちらの王子と結婚させるつもりだ。それを伝えようと思ったのだ」
「………………」
ラクレーは無言のまま去っていく。
さらに王はラクレーにこう尋ねた。
「………万が一戦争が起きれば、主はどうする」
その問いに対して、ラクレーはたった一言こう言った。
「………責任を取ってくる」
ラクレーは無表情になった。
さっきまでの怒りは消えたのか。
否。
寧ろ怒りは烈火の如く燃え盛った。
その上で、ラクレーは怒りを飼いならしたのだ。
王は邪悪な笑みを浮かべる。
「フン、期待しようではないか………元ルーテンブルク第一王女殿?」
王が口にした知られざる事実。
これは、捨て去ったラクレーの過去であり、三帝の物語へと繋がっていく。
そして、ミラトニア王国中央魔法学院のとある少女とも繋がる物語だった。
 




