第29話
フェルナンキア。
このミラトニアで王都に次ぐ規模の都市だ。
それはギルドの本部がこの街にあるというのが一番の理由だ。
この世界で最もメジャーな職業の一つがこの冒険者であり、商人も同じくメジャーな職業だ。
ギルドは冒険者ギルドと商人ギルドに分かれており、このミラトニアギルド本部は両方のギルドを統括している。
「らしい」
「へぇ、すごいですね。だからこんなに大きいのですか」
俺たちは城門を潜ってすぐのところにいた。
「こんだけ広いなら十分観光もできるな」
「そうですね。だったら先に地図を入手した方がいいかもしれませんね」
確かにこの広さをウロウロするなら地図は必須だ。
なので、
「もう取ってある。ほら」
城門にいた兵に地図を貰っていた。
必要な人には配っているらしい。
「おお、準備いいですね。どこに行きますか?」
「宿だな。出来るだけちゃんとしていて、かつ安いところがいい。となると………ここか」
地図で見るとここから近いところに条件にあった宿を見つけた。
「あ、確かに安い」
「だろ?」
「では行きますか」
「ああ」
———————————————————————————
「へぇ、なかなか大きな宿だな。内装も綺麗だし、あたりなんじゃねーか?」
「これでこの安さですか。太っ腹ですね」
宿に到着したら、チェックインするために受付に向かった。
「一週間ほど滞在したい。2人部屋空いてるか?」
「一週間、2人部屋ですね。それでしたら、」
すると、
「んだとコラァァァ!」
「やんのかオラァ!」
ごっつい男二人が胸ぐらを掴み合い、喧嘩を始めた。
「なんだなんだ?」
俺は騒ぎが起きた方を向いた。
片方は熊みたいな毛むくじゃらのおっさん。
もう片方はゴリゴッゴリの筋肉オヤジ。
両方ともかなりゴツい。
おそらくこの街にいる冒険者だろう。
「お、ケンカだ。ハハハ、懐かしいな」
なんとなく以前のことが思い出されてきた。
こんな感じだったな、と懐かしんでいる俺。
「お、お客様、ここでケンカは………」
ひょろっとした感じの従業員の男が注意をするが、
「うるせぇッ! 引っ込んでろ!」
と、敢え無く一蹴された。
「死ねやカス!」
頭に酒瓶をぶつけて血まみれになる。
「やりやがったなこのクズ!」
もう一方は椅子を持ち上げて角を頭にぶつけた。
そんな風にどんどんヒートアップしていく中、止めるものは誰もいなかった。
「いいぞやれー!」
「もっと上だって」
「ギャハハハ! そうだ! 行け行け!」
むしろ楽しんでいた。
中は様々な物が飛び交っていてもうメチャクチャだった。
「なるほど、これが原因で安いのか」
張り紙を見ると、ケンカ注意と書かれている。
この宿ももう諦めているだろう。
「ケンくん、言ってる場合じゃないですよ! きゃあ!」
酒瓶が飛んできた。
俺は酒瓶をキャッチして、下に叩き落とした。
「確かに危ねぇな。受付のねーちゃん、こいつらどうしたらいい?」
「大丈夫です。そろそろあの方が出て来てくださいますので」
あの方?
一体誰のことだろう。
「あ! あの方です」
受付嬢の向いた方に酒を持ったまま寝ているおっさんがいた。
どうやら酔って寝てしまっているようだ。
「あれか?」
「あれです」
すると、
「んがっ!」
おっさんは酒瓶がヒットした衝撃で目を覚ました。
「うわぁ、痛そうですね」
リンフィアからなんとも呑気なコメントを一つ。
しれっと俺を盾にしている。
おっさんは千鳥足になりながら騒いでいるゴツいおっさんの方へ歩いて行った。
「ヒック! お前らー、騒ぐんじゃねーよおー!」
へべれけだ。
「なんだおっさん、邪魔すんな!」
いや、お前らも結構おっさんだぞ。
どっちかというとお前の方がよりおっさんだぞ。
「あはははははははは!!!!!」
急に笑い声を上げ始めた。
かなり酔いがひどい。
「ふざけてんのか!この!」
毛むくじゃらの方が酔っ払いのおっさんに殴りかかる。
それなりの力が込められている。
「ケンくん、止めないと!」
「いや………」
大丈夫、と言う前に事は済んでいた。
「え?」
毛むくじゃらは状況が掴めないでいた。
何故自分はうつ伏せになっているのだろう、と。
無駄がなく、恐ろしく滑らかだった。このおっさん強いな。
殴った手に自分の腕をからませて背中の方へ捻った。
そのまま膝を蹴り、前に自分ごと倒れ込ませた。
「はい、いーち、にー、さーん」
「うぎゃあああああ!!!!」
絡まった腕を肩の方へ上げて決めにかかっている。
毛むくじゃらのおっさんから出たとは思えない甲高い声が宿に響き渡った。
「ハイ終わり」
最後に首に一撃喰らわせ、気絶させた。
「アンタもやるかね? ヒック」
あまりの早業とそのおっさんから放たれる威圧感に飲まれた他の連中はすっかり怖気付いてしまっていた。
そして、毛むくじゃらのおっさんを連れ、そのまま足早に去っていった。
「メイちゃーん、酒くれー」
椅子に座るとすぐに酒を頼みだすおっさん。
まだ飲むのか。
「はーい」
メイと呼ばれたのは受付嬢だった。
「すみません、部屋はこちらになります。では失礼します」
メイは俺たちに鍵を渡すと酔っ払いに酒を届けに行った。
「はー、世の中すごい人って沢山いるんですね。ね、ケンくん」
「ああ」
あの動き、格闘のスキルレベルが7かそれ以上くらいはある。
7以上は余程のやつじゃないと得られない。
俺の10は裏技なので数えないとして、俺が知っている7以上のスキルレベルのやつは蓮の剣術レベル10だけだ。
「あのおっさん、何モンだ?」
側から見るとただの酔っ払い。
だが、それだけでは無いだろう。
「………フン。ま、いいか。リフィ、部屋行くぞ。荷物を置いたら観光だ」
「わぁ、楽しみです」
さっさと部屋へ向かう。
おっさんの視線は気になるが危害を加えることを企んでいるものでは無いので放っておく。
「がっはっはっは! あの視線に気付くか。いやぁ、最近の若モンはスゲェなおい」
ラッパ飲みで酒を一気に飲み干すおっさん。
やはりこちらを見ていたらしい。
そして、考えていることは同じだった。
「ぷはーっ。何者なんだろうな、あのボウズ。ただのガキにしちゃあ底が知れねぇ」
酔ってはいるが完全に頭が回らなくなっているわけではない。
と言うか、そこまで酔っていない。
「面白ェ、こいつァ、何か起きそうだぜ」
「何か起きる前にまず酒代を払ってくださいな」
おっさんは受付嬢にそう言われると、大声で笑った後に、
「ツケで」
と言うと帰っていった。