第289話
この技は、蓮の奥義と言っても過言ではない。
派手ではないが、確実性があり、相応の実力を必要とする。
「………」
使えるのは一度きり。
故に、一撃必殺である必要があった。
その為だけに練り上げた技は、この国の武術の頂点に立つラクレーにも届きうる。
剣に魔力を込め、ある技のモーションに入る。
「?」
ラクレーは思わず首を傾げる。
それは、この世界ではそれなりに知られている技だ。
「………その技が何なのかわかって使ってる?」
「はい。自分でもびっくりしましたよ。この技がすでにこの世界で存在していて、誰も使わない技と成り果てているんですから」
そう、この技は失敗作として知られている。
“裂爆刃”
一撃の威力は凄まじいが、ただでさえ隙の多い技なのに、超至近距離のみ使用可能という、致命的な矛盾を抱えた剣技なのだ。
「突き立てた刃から爆発したように斬撃を発生させる技。しかし、魔力の燃費が悪く、切っ先に凄まじい抵抗が生まれるせいで、まともに剣が振れなくなる。魔力量とスピードが抵抗の大きさに比例するので、弱めれば抵抗を弱められるが、同時に威力も下がってしまう。威力を弱めると致命傷が狙えなくなり、技が終わった後の隙だけは残る」
「欠点だらけのその技で、あたしを斬るのか」
「はい。ですが、欠陥ではありません」
「何………?」
ラクレーは眉をひそめた。
そして蓮はこう言い放つ。
「この技は、俺が使うことにより完成する」
「!」
「そして多分驚くと思います。この技の使い方はちょっと特殊ですから」
蓮はニッと笑った。
「ふふ………お前はケンのようにあたしを楽しませてくれるか?」
「ケン………だったら尚更、やる気が出ます………!」
蓮は魔力を溜めた。
今持てる力の全てを、この一撃にかける。
それくらいの気概がないと、彼女には足元にすら届かない。
「ふぅ………………ゥッッッ!!!」
漸く覚えた、無詠唱での強化。
【トリオブースト】だ。
ラクレーも蓮に合わせて、トリオブーストで強化する。
ラクレーも迎撃の準備に入る。
ラクレーは蓮の一撃を真っ向から完全に防ぐつもりだ。
「「………」」
待つ。
待つ。
ひたすらにその時を待つ。
まるで西部劇の早撃ちの場面のようである。
闘気が触れ合った瞬間、戦いは始まる。
そして、その時が————————————
「「!」」
————————————来る
「「ッッ………………!!!」」
脚を踏み込み魔力を爆ぜ、一気に前へ。
ダンッ!! という音が鳴ると同時にに、蓮は真っ直ぐにラクレーへと向かっていった。
「うおおおおおおおおおおあアアアアアアアッッッ!!!!」
間合いを詰め、突きの構えをとる。
ここまでは、通常の裂爆刃と変わらない。
魔力を込めれば込める程、突きを速くしようとすればするほど威力は高まるが、スピードが落ちる。
だから、そのルールを変える。
“逆転”させるのだ。
剣に小さな光が灯る。
「!!」
ゾクリと、ラクレーは言い表せない寒気を感じた。
彼女の剣士としての本能が叫んでいる。
これは危険だと。
そして蓮から、その一撃が放たれる。
ルールを変えろ。
取っ払えない壁も、どうしようもない理も、これがあれば関係ない。
これは、事象を逆転させる。
抵抗は消え、加速される。
鈍重な一撃は——————光の如く、速く
ラクレーは、待っていたかのように、歓喜に満ちた笑みを浮かべた。
「来いッッッ………!!!」
その一撃の名は——————
「絶捷——————」
淡い光が一気に弾る。
空中で光の線を描きながら、只ならぬ速さで進んでいく。
「——————貫………ッッ!!!」
ッッッッッパァンッッ!!!
摩擦による破裂音。
蓮がそれを聞いたのは、ラクレーの目の前ではなく後ろで、だった。
絶捷・貫は、極限まで魔力を込め、 突きの威力増し、抵抗が大きくるところを蓮の固有スキルである【逆転】を用いて、小さくなる様にした技だ。
スキルにより、本来の効果は失われるので、その実は、途轍もなく“捷い”突き。
鋒の魔力の光が、流星の如く宙に線を描いた時、敵は貫かれている。
「………音よりも速い突き。ただ速いだけじゃない。あの速さを自分の技術でコントロールして、正確にあたしを狙った………………うん、見事でも少し足りない」
ラクレーがそう言った瞬間、蓮の持つ木剣が切られた様に先から落ちた。
「………やっぱりダメだったか………」
蓮がラクレーの先に行ったということは、剣技としての効果が出ているということ。
つまりこの技は完成している。
だが、それでも叶わなかった。
「話聞いてた?」
「へ?」
ラクレーは正面を向くと、肩に出来た傷を蓮に見せた。
「君は、この剣天に一太刀浴びせた。それじゃ不満?」
ラクレーは小さく笑みを浮かべる。
「〜〜〜! っはぁぁああ………そっかぁ」
蓮地面に仰向けになって倒れ込んだ。
そして、折れた剣を顔の前の掲げる。
「俺も、まだまだ強くなれるって事かな」
ラクレーは、その様子を見て安心した。
蓮の戦い方は、攻め中心で攻撃的なものなのだ。
しかし、戦い始めてすぐの蓮は、守りばかりで本領を発揮していなかった。
だからラクレーは『今も腑抜けている』と言ったのだ。
戦いの末、蓮は元の戦闘スタイルに戻り、また一段と成長した。
「………世話のやける男。でも、やっぱり育て甲斐はありそう」
そしてラクレーは、自分がこの城に来た理由を蓮に告げた。




