第288話
「腑抜け………ですか」
「君からは前会った時みたいな感じがしない。それじゃあ面白くない」
ラクレーはゆっくり間合いを詰めてくる。
蓮はゆっくりと後ろへ下がった。
「よくこんな短い間にここまで腑抜けられたね」
「ははは………嫌なことがあったからでしょうかね」
「ほら、今も腑抜けてる」
「俺の返事って、 いつもこんな感じなんですが」
「はぁ………」
ラクレーはため息をついた。
そして、手を振りかぶる。
「それがわからない時点で話にならない」
ラクレーの手に魔力が流れ込む。
間違いない、と蓮は確信する。
この動き方、構え。
特殊だが、おそらくそうだ。
これは、剣術だ。
「空刀・零閃」
(見えない、が、これは………来る………ッ!!)
蓮は当たらないギリギリに位置で飛び、すぐさま防御体制をとった。
「流石に………腑抜けていても一撃は無理か」
「………」
蓮は構えたまま動く気配はない。
ラクレーは時折隙を見せて誘うが、一切応じるつもりはないようだ。
いや、仮に何をしても、蓮は動く気などないのだ。
「なぜこんな事を………」
「喝を入れるって言った。ただそれだけ」
「それにしては殺意が混じってますよ」
時折見せる闘気にはわずかな殺気が籠っている。
「そんなの当然。だって君………」
殺気が一瞬にして膨れ上がった。
「あたしが嫌いな、何もしようとしない奴の眼をしてるから」
「ッ………!!!」
ラクレーは一瞬にして間合いを詰め、手刀振るう。
蓮は木剣でそれを受け流しつつ、次の動作の準備に入る。
「シィッッ!!!」
最小限の動きで躱し、当たりそうな場合は受け流す。
真正面から受ければ弾かれ、隙ができてしまう。
「っ………」
躱す、躱す、躱す。
蓮は、ケンの実力ではこの国の中でも特にラクレーに近い存在だろう。
だからこそ、対等の者と戦うように、癖を見つけたり、弱点を察知したりする事ができる。
(連撃時の繋ぎには穴はない………でも、)
蓮はステップを少し変える。
すると、
(やはり、こうすればほんの小さな隙が生まれる)
ただひたすら機を狙う。
ケンを除けば、蓮以外ではつけない小さな隙。
そして、その時が来る
「………ここだ………!」
真っ直ぐ、弱点を——————
「!」
「誘ってるよ」
そう、弱点ではない。
意図的に作った隙だ。
これは罠なのだ。
だが、
「はい、分かっています………!」
「!?」
ラクレーの動きのパターンから、返しを予想した蓮は、カウンターを躱す。
カウンターをさらにカウンターで返した。
だがここで蓮は気がつく。
そんな筈がない、と。
仮にも、国で1番の剣豪に、ここまで通じるか?
否。
そうだ。
これすらも、
「しまっ——————」
「遅い」
蓮のガードをすり抜け、横っ腹に手刀が入る。
ラクレーの剣天たる理由はこの自由度。
祖父に鍛えられ、我流で磨き上げた彼女の剣に、セオリーなど通じない。
この化かし合いの結果は最初から決まっていたのだ。
「がッ………ァ………!!」
体がくの字に曲がる。
ラクレーの追撃。
蓮は間一髪それを避け、地面に転がる。
「やっぱり、腑抜けてる。この前の君なら、あんな誘いには乗らなかった」
「く………ぅ………ぁ」
「はぁ………」
ラクレーはアイテムボックスから剣を取り出す。
真剣だ。
一度振りかざせば、肉を裂き、骨を断ち、命を刈り取る。
「そんな死んだような眼じゃ何も出来ない。誰かを救いたくても救えない弱者の眼」
「………!」
「どのみち彼女は終わり。両国の戦いの火種となり、焼き尽くされる」
「………させ、ません」
蓮はゆっくりと起き上がろうとした。
「立つの?」
「………」
「立ったところで何も出来ない。信念の無い空の剣はあたしに届かない。大人しく寝ていたら?」
「………立ち………ます、よ」
剣を突き刺し、ゆっくりと起き上がる。
「立ってどうするの?」
「………腑抜けた自分を、叩き潰す………」
蓮は膝に手をついて立ち上がり、剣を構える。
「この間考えた俺の技………受けて貰えますか?」
「………案外早く立ち直ったね」
そう言うラクレーの視線の先には、琴葉がいた。
蓮もそれに気がつく。
「もしかして、琴葉ちゃんに頼まれましたか?」
「腑抜けが気に食わなかったのはホント。だから一撃叩き込んだ」
「厳しいなぁ………」
ラクレーは剣を構える。
そして、先程とは打って変わって、混じり気のない闘気を放つ。
(なんて圧だ………この若さでこの闘気………一体どれほどの修行を積んだんだ? でも、)
「一太刀だけでも、入れてみせます」
「!」
意志を感じた。
強く真っ直ぐな意志。
どうやら、腑抜けは消え去ったらしい。
ラクレーは小さく笑みを作った。
「うん、やってみてよ」




