第287話
「いつの世でも、どの世界でも、戦争ってもんは起きちまうもんなんだな」
「当然だ。人間の歴史はいついかなる時にも、痛みを伴うものだよ。破壊なくして文明は起きず、喪失なくして進歩はない。危機と恐怖は人を前へと駆り立てる。そして停滞すれば、また繰り返す」
愚かだ。
果たして俺たちは、そう一蹴出来るのだろうか。
みな同じ人間だ。
思考を、感情を持っている。
それらの全ては互いに影響しあい、様々な物事につながっていく。
だから、自分は関係ないと言い切る事など、決して言えないのだ。
「今度はどれだけの人間が死ぬんだろうな」
「さァな。大人数死ぬかもしれねーし、誰も死なねーのかもしれねー。ここで色々考えても仕方ねーだろ。どのみち俺たちは王に巻き込まれてちまってんだ。今考えなくても後でわかる。それに、そっちばっかりに気をとられてもいられねーよ。動き出しているのは、この国とルーテンブルクだけでもねーだろうしな」
ルナラージャ王国。
あの国も、動いていると見て間違いないだろう。
そして、エヴィリアル帝国。
先日の奴らの侵攻も、気がかりだ。
魔族も、人間も、亜人も動いている。
今も世界の王たちは、虎視眈々と何かを狙っている。
「世界が、動き出した………というわけか」
「そうだろうな」
「ここ数年で停滞していた情勢が、ここまで急に変わるとは………私も忙しくなりそうだよ」
「………………」
この世界の様々な種族が動き出す中、誰にも知られず動いているものたち。
神だ。
果たして彼らは、この状況にどう関わるか。
はたまた関わらないのか。
いずれにせよ、俺の日常は大きく変化しそうだ。
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「っと………」
「どうした、レン。剣筋が乱れているぞ。どのみち俺よりは強いが、いつもの気迫がないな」
蓮は、中庭で模擬戦をしていた。
最近では、一般兵くらいなら秒殺出来たのに、珍しく十数秒ほどかかっていた。
「………どうも集中を欠いてますね。すみません、出直してきます」
「ああ。事情はわからんが、それを勧める」
蓮は木剣を納め、訓練場を後にした。
クラスメイト達はそれを見ている。
「どうしたんだろう、蓮くん」
「イケレンくん調子悪いのか?」
休憩中の七海と美咲が心配そうにそう言った。
涼子もジッと蓮を見ている。
すると、
「婚約………」
と、一言だけ喋った。
「わぁ、涼子ちゃんの声久しぶりに聞いたなぁ………って、ええ!? こここここっ、婚約!??」
「あー、噂になってるやつかー………リアちゃん無理やり結婚させられそうなんだよね。ウチとしては結構許せないんだけど」
「確かに、政略結婚なんて気分のいい話じゃないよぉ………」
「………」
琴葉は、珍しく押し黙っている。
難しい顔をして、地面をジッと睨みつけていた。
「ことりん、どうした? 怖い顔ちゃってるぞい」
七海が琴葉の顔を覗き込みながらそう言った。
「なんかやな感じ。蓮くんがようやく見つけた新しい恋を邪魔されるなんて、私は嫌だな」
「新しい、か。そう言えば、リアちゃんって、ケンケンの妹ちゃんに似てるんだっけ? 会ったことないけど」
「うん、すごくそっくりだよ。喋り方とか、髪の色は違うけど、顔や性格、何より同じ人を好きになってる。すっごくロマンチックじゃない?」
琴葉らしからぬ言葉だが、みんなそうだなと思った。
「もしかしたら、生まれ変わり………なんてこと有り得ないのかねぇ。異世界だしさ」
「じゃっ、じゃあ………今度の婚約も、い、いわゆる恋の試練みたいな感じなのかなっ!」
美咲が照れつつも目を輝かせてそう言った。
「うーん、試練かどうかわかんないけど、生まれ変わりかー………うん、そうだといいな」
そして琴葉は心の中でこう呟く。
(そうだったら………愛菜ちゃんが生まれ変わって幸せになったら、ケンちゃんも蓮くんも、自分を許してくれるかな………)
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蓮は、距離を置いていた。
関わって、傷つくことを恐れたのだ。
だから、深く関わることなく、側にいる時もただ盾として働こうと思ったのだ。
それでも、近づいてしまえば、そんな決意も簡単に崩れていく。
人間の心とはそういうものだと、彼は忘れていたのだ。
「………はは、俺は動揺しているのか?」
あれ以来誓ったじゃないか。
俺はもう誰を好きになることもないと。
彼女以外を愛することは無いと。
「我ながらどうしようもない愚か者だな………」
あの日刻まれた後悔と自責の念は消えた訳じゃあない。
だが、それでも思い出してしまう。
あの声を聞いて、あの瞳を見て、あの心に触れて。
彼女のそばに居たい。
彼女の側には居られない。
このジレンマを抱えながら、今まで一緒に過ごしてきたのだ。
潮時という言葉がある。
どちらを選ぶにしても、今がその時なのだろう。
そして蓮は苦悩する。
「………見つけた」
「?」
蓮は誰かが近づいてくることに気がつき、そちらを向いた。
「………!」
「久しぶり、でもないか。また会ったね」
「ラクレーさん………?」
蓮は一瞬混乱する。
なぜ剣天の彼女がここに………いや、そもそも俺に何の用だろう?
自由気ままな彼女が王宮に?
「あたしの顔、忘れた?」
「いえ、少し急だったので、驚きました………」
「そう………ん、良いものもってるね」
ラクレーは蓮の木剣に目をやってそう言った。
「これですか?」
「うん、そう。だって————————————」
ヒュゥッ!!
「なっ——————!」
蓮は間一髪で剣を躱す。
いや、剣ではない。
あれは、手刀だ。
「腑抜けに喝を入れるにしても、抵抗する手段くらいあげないとね」




