第282話
罪人。
彼女は自らをそう表した。
「お前、何かしたのか?」
「うん。凄く重い罪を犯した。そしてそれこそが、あたし達を選ぶ基準であり、さっき言っていた素養って事になる」
罪。
魂魔法。
素養。
力。
ああ、何とことだ。
こいつは、同じじゃないか。
「………まさか」
そして気がつく事になる。
その罪とは何なのか。
なぜ、イシュラは必死になっているのか。
そしてなぜ、アルシュラが魂魔法から離れようとしないのか。
「あなたは頭が良いんだね。たったこれだけで色々わかっちゃうなんて」
「………じゃあ、もう俺ではお前らを本当に救う事は出来ないんだな」
「うん。満たされる事はないよ。だからあんな真似をしたの」
アルシュラは自虐的に笑う。
嫌な笑顔だ。
この取り繕ったような笑顔が、俺はたまらなく嫌いだ。
「お前には兄貴がいるだろ? あれだけ必死だってことは、あれはお前をよっぽど大切に思ってるんだろ?」
俺は、イシュラの切羽詰まった顔を思い出した。
あれは、妹を救うために必死になっていたのだ。
「兄は、あたしのことを大事に思っているよ。あたしも兄が大事。でも、欠けてしまったものに目が眩んで、あたしは間違えちゃった。兄はこっちに来ようとしているっぽいけど、多分兄は来れないよ」
「………ああ。無理だろうな。あいつは、死人では無くお前を見ているんだ」
「うふふ、やっぱり賢いね。そして優しい。この白い世界は他人の心をいっぱいに受け止めらそう」
ズキッ
突如、頭にヒビが入ったような痛みを感じた。
時間が来たようだ。
「残念だけど、ここでさよならだね。それと、ごめんなさい」
アルシュラは深く頭を下げた。
「あなたの、ここでの記憶は消去させてもらいます」
やはりな。
ここは中間領域。
しかし、魂魔法という枠に関しては向こうの方が一枚上手。
神の力には、神の知恵を持ってしてもどうこうすることは難しい。
だが、
「舐めンな。俺がそんなこと理解できねーとでも思ったか?」
「?」
「こうなる事を予想して、俺は目が覚めた時にここの記憶が戻るようにした」
「!?」
やはり驚いている。
「だが、お前の力が強力だったため、完全に取り戻すのに時間がかかる」
そう、こうなる事をあらかじめ想定して、俺は自身に細工をした。
しかし、曲がりなりにも神の力。
復活には時間を要する。
「………おい」
決めた。
俺はもう知ってしまったのだ。
こいつらの罪を。
いや………………罪などではない。
それは、失った者ならば誰もが願う願いだ。
他人よりもその感情が強いと言う事は、それだけ故人を愛していたと言う事だ。
それを罪と呼ぶ事を、それを罪だと裁く者たちも、俺は絶対に許容できない。
俺は人先指をアルシュラに向ける。
「一年後だ。一年後、俺はテメーら全員救ってやる。満たされるかどうかはテメーら次第だ。だが、お前は絶対救われる。俺は絶対にそうだと信じる」
「………そっか。そうだと良いなぁ………」
頭痛はやがて引き、代わりに俺たちの意識をゆっくりと奪っていく。
「名前を………」
アルシュラは最後に俺に尋ねた。
「あなたの名前を聞いても良いかな?」
意識が切れる寸前で、俺はアルシュラに応えた。
「俺はケン。ヒジリ・ケンだ」
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「起きるのですっ!!」
「………んがっ!!」
急に目が覚めた。
と同時にエルのヒレが顎に入った。
痛い。
「起きたです」
「エル………加減って知ってるか?」
「知ってるのです。でもご主人様強いから大丈夫なのです」
いや自信満々に言ってるけど、それ決めるの俺だからな。
あとお前バハムートだからな。
普通に強いからな。
「ご主人様、ぐっすりだったのです。眠たかったのですか?」
「まーな」
どうやら眠った事で解決したらしい。
倦怠感と眠気が消えた。
「あー、よく寝た………ゲッ!! もう昼かよ………測定の時間には………間に合いそうだな。急ぐか」
「です!」
幸い休み時間だ。
俺はエルを頭の上に置くと、木から飛び降りて、更衣室に直行する。
その前に、一度立ち止まって木を眺めた。
さて、俺の予測が正しかったかどうかは、今度のお楽しみだな。
記憶が戻れば、そこからが勝負だ。
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「ヒジリ・ケン………………うん、覚えたよ。君の名前は、あたしの魂に刻んだ」
アルシュラは、1人第零学区で彷徨っていた。
第零学区とは、そこに所属する生徒の魂の内部全体の事を指している。
「じゃあ、いつか思い出してくれるって事なのかな………やっぱり、優しいなぁ」
アルシュラはケンの魂を思い返した。
肉眼で見たケンの魂は、アルシュラや、他の連中のそれとは全く異質なものだった。
「白くて純粋。薄く淡い色は、優しい思い出。あなたの魂はまっ白くて広大。誰も彼もを優しく包むし、いくらでも変われる。だから………彼はとても危うい」
表情に少し影がさす。
そして、こう続ける。
「白は赤にもなり、青にもなり、黄にもなり、そして黒にもなる。爆発した感情は瞬く間に魂を飲み込む。そして、魂を飲み込む感情は、やがて………………世界を飲み込む」




