第281話
魂。
魂とは一体何なのだろう。
本当に人魂のような形をしているのだろうか。
本当にそれが俺たちを形作っているのだろうか。
本当に——————そんなものはあるのだろうか。
脆く、淡く、不確かなそれは、今俺の目の前に広がっている。
この景色を魂と言うのならば、俺の魂の何と薄っぺらい事か。
きっと他の誰かの魂は、もっと色取り取りで、光に満ちているだろう。
紛い物は結局紛い物だと言う事だ。
いつか父は俺に言った。
『お前は人ではない。お前に心はない。お前に、魂など無い。あるのはただひたすら力のみ。振るった拳は誰かを守るためにある。そこにお前は入っていない。なぜならお前は、俺と同じ、紛い物なのだから』
なぜそんな事を言ったのか、俺には理解できていなかった。
それは、もうとっくに知っている事なのに。
「ここを眺めていると、そんな事を思い出すな………」
この何も無い場所は、俺の過去だろう。
《僕》が俺になる前のものだ。
「どこまでも気持ち悪りぃな、ヒジリ・ケン」
ここにいると感傷的になってしまうのは、多分ここでは俺が剥き出しになっているからだろうな。
「よしっ! それじゃあ探すとしますか」
恐らく探すこと自体はそう困難ではない。
ここが俺の魂ということは、ここに俺をを誘いこんだやつがいるはずだ。
きっとそいつの魂も混ざっている。
「一面俺の魂っぽいから探して回らねーとな」
ここの広さはいったいどれくらいになってるのだろう。
見た感じかなり広いがおそらく限りはある。
そして、そう広くないと思う。
俺自身この場所に大した広さを感じていない。
なんとなくわかるのだ。
ん? 待てよ?
「………いや、そもそも探す必要あるのか?」
そうだ、ここが俺の魂なら可能なはず。
俺ではないもの。
即ち異物の存在。
「………やっぱ感じるな。向こうか」
俺は異物を感じる方向を向いて、集中する。
おそらくその地点から向こうはそいつの魂でできているのだろう。
「つーことは、あそこは中間地点っつーことだな」
異物といっても点ではない。
一帯が俺の魂に溶け込んでいるのだ。
「………さて、飛べっかな?」
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「………」
一瞬にして景色が変わった。
色は鮮やかになり、何より人がいる。
「………まさか、この空間にあたし達以外の他人が入ってくるなんてね」
どうやら無事に目的の場所までたどり着けたらしい。
証拠に見知らぬ女がこちらに背を向けて佇んでいた。
「ねぇ、不思議じゃない? こんな風景があたしたちの核だなんて。あたしはずっと思っていた。こんな不確かなもののために生きてるなんてことが、不思議だって。うふふ………滑稽極まりないわ」
女は振り返った。
俺はこいつを知っているような気がする。
だが、それは魂がつながっているがゆえにそう感じるだけだ。
「ようこそ、第零学区へ」
第零学区
ミレア達第一生徒会を中心に存在している学科の生徒達がいる場所を第一学区と呼び、イシュラ達第二生徒会を中心に存在している学科の生徒がいる場所を第二学区と呼んでいる。
これは、校舎の右側と左側で分かれている。
第零とは、それ以外の知られざる場所なのだ。
なぜ俺がそんな事を知っているのか。
簡単な事だ。
今の俺は、混ざっているからだ。
「さて、 あたしは一体誰でしょう」
そして俺は、当然のように彼女の名前を口にした。
「アルシュラ・ノゼルバーグ………………イシュラの妹だな」
「正解。あたしから漏れ出している情報はこれくらいかな?」
「自分で開いてんだろ」
「そうとも言う」
のらりくらりとした女だ。
「そう、あたし達は今混ざってるの。魂が触れ合って一部が混同している。にも関わらず」
アルシュラは不思議そうな顔をした。
「あなたからは何も感じられない。魂が閉じちゃってるのかな、と思ったけど、そうじゃ無いっぽいね」
「わかるか?」
「うん、わかる。何も感じ無くても、繋がっているんだもの。あたしは、今あなたをとてもよく理解できる。だから、あたしはあなたが可哀想でならない………」
アルシュラは初対面であるにも関わらず、本心から俺に慈愛と憐憫のこもった微笑を向けてきた。
「俺に言わせりゃ、今のお前の方が悲惨だろ」
こいつが今どんな状況なのか。
俺はよくわかった。
「これは成り行きだよ。素養っていうのかな。選ばれちゃったものは仕方ない。兄には申し訳ないけれど、あたしはここにいることが使命なんだ」
「魂魔法は完成しないぜ? お前もその段階まできているなら勘付いてるだろ」
「うん、そうだね。これは未完成どころか、そもそも始まってもいない。行き着く先には失敗しか待っていないよ。でもね、それは仕方のない事だもの」
アルシュラは悲しそうにこう言った。
「あたし達は罪人。罪には罰が必要でしょう?」




