第265話
「………ん、んん………朝か」
午前5時。
すっかり早起きが習慣化してしまったと我ながら思う。
向こうにいた頃は重役出勤は当たり前だったのに、一年間の修行期間と、こちらでの生活では毎日早起きだったから、そのせいである。
「あら、早いですね。少々以外(意外)でした。もっとだらし無いものかと」
朝から言ってくれるぜ、この女。
ミレアはもっと早起きだった。
声もはっきりしているので、結構前から起きていた様子。
「なにしてんだ、こんな早朝から」
「仕事です。朝緊急で入った仕事を今のうちにまとめようかと思いまして」
「ふーん………飯は?」
「食堂が空いています。私は今日行く時間もないので1人でお願いします」
飯食ってないのか。
………よし。
俺はおもむろにキッチンに向かう。
アイテムボックスから材料を取り出した。
さて、今日のメニューはいつも通りならパンケーキだな。
俺はある材料でちゃっちゃとパンケーキを作った。
シンプルなやつだ。
多少工夫はしてあるので、普通のやつよりはうまい。
「メシだ」
「………」
お?
返事がない。
聞こえてないのか?
「おい、開けるぞ」
「………」
返事がない。
もういいや。
俺は仕切りに手をかける。
そこで漸く気がついたのか、
「え、ちょっ、待っ——————!」
と言ったが時すでに遅し。
仕切りを外してミレアのスペースに入った。
「は、はぁ、あああ………!!!!!」
ミレアは後ろのものを体で覆って隠そうとしたが、全然隠れていなかった。
なんか、ぬいぐるみが多い………
テディベアを中心にイヌ、ネコ、クマのぬいぐるみが置かれていた。
さてはアイテムボックスに隠していたな?
お可愛い趣味だ。
エルを見たときの反応でこういうものが好きだというのはわかっていたが、これは結構すごい。
ミレアはプルプルと体を震わせている。
「み、見ましたね………………!!」
「お前が返事しねーから悪——————っと!! あっぶねぇ………!!」
渾身の右ストレートが俺の頬を掠った。
「俺まだ寝起きだぞ!」
「まだ生徒会のメンバーにも見せた事なかったのに!!」
半ベソをかいている。
秘密を知られた上に相手が男という。
こいつのプライドは粉微塵になっている事だろう。
「記憶を消しなさい!!」
「必殺ばりあー」
俺は寝ぼけているエルを呼び出して前に掲げた。
拳がぴたりと止まる。
「ひ、卑怯な………」
「ふっ、何とでも言いやがれ」
と言いつつ、当たりそうだったら避けていたので、当たる事はなかった。
「メシだ。食え」
俺は特製パンケーキをミレアに渡した。
ミレアは珍しいものを見るような目で見ていた。
「これは、パン?」
「そうか、こっちには菓子パン文化があんまないもんな。こいつはパンケーキだ。甘いパンと思え。それとフルーツジュース。朝の分の栄養素はそれで取れるぜ」
「栄養素?」
どうも食文化が狭い感じがする。
こっち限定の食いもんもあるが、向こうには類似したものが多くあるのもそう感じる原因だ。
おそらく食というものに向こうの人間ほど強いこだわりはないのだろう。
これを考えると、サクラス………てんちょーはマジで尊敬できる。
盛んじゃない食をあそこまで発展できるとは。
「健康にいいって事だ。さっさと食え。ナイフで切って、そこをフォークで刺して、蜜につけて食う」
「はぁ」
ミレアは言った通りの手順を踏み、特製蜂蜜をたっぷりつけて、パンケーキを口に運ぶ。
すると、
「ん! んん〜〜!!! 甘い! 美味しいです!!」
どうやらお気に召したようだ。
次から次へと口に運ぶ。
「さて、俺も飯食うか」
俺は自分用におにぎりを作り置きしていたので、それを食べた。
今日の具は漬物だ。
「こっちの野菜の漬物も、結構いけるもんだな。浅漬けだけど」
アイテムボックスじゃ時間が進められないので、せいぜい浅漬けが限界だ。
ちゃんとしたのは、何処かに定住することになった時に作ろう。
「んー、おはよー、ケンくん」
「おう、起きたか。飯はどうする?」
「食堂まで動きたくなーい」
ワガママな王女だ。
念のため作っといてよかったぜ。
「じゃあ、これ食ってろ」
「………? パン?」
パンケーキを食べたウルクは、ミレアと殆ど同じリアクションを取った。
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「では、私は先に行くので、戸締りはお願いします。ケン君、流石に最初くらいは授業に出てくださいね」
「顔合わせくらいする。最初だしな」
ミレアはやれやれとため息をついた。
「困った男ですね………」
「ミレアちゃん、私がしっかり連れて行くから安心してー」
「ええ、お願いします。そうそう、ケン君」
今度は何だ。
もう説教は嫌だぞ。
と、説教を予想していたが、
「パンケーキ、ありがとうございました。最近朝は抜いていたので、とても助かりました。美味しかったです。では」
と言って、部屋を出た。
「普通に礼は言えるんだな」
そうだよな。
性格は真面目なのだ。
「それじゃあ、準備しよっかー」
「ああ」




