第264話
閑話です
これは、歓迎会の日の夜の話である。
「さて、問題はここからです」
ミレアは唐突にそんなことを言い出した。
エルを抱きしめながら。
「むぎゅー」
「はっ! ごめんなさい!」
どうやらかなり気に入っているようだ。
さっきからずっとそうしている。
帰ってくるや否や、『エルを出しなさい』だもんな。
最初は俺もはてなマークだった。
「オホン、問題というのも、この部屋、シャワールームとトイレ、キッチンと更衣室以外は生活空間がこの部屋しかないという事です」
「?」
あ、ウルクわかってない。
「問題? 何がー?」
「いや、問題でしょう! 男がいるのですよ、汚らわしい」
「なんて事言うんだテメー」
言うに事欠いて汚らわしいかよ。
「すみません、訂正します。いやらしいです」
どの道俺に失礼じゃね?
「なんて事言うの! ケンくんが可哀想だよー!」
「おっしゃ言ったれ!」
「ケンくんはパーティと使い魔に女の子しかいない上にルームメイトも女子だけのハーレム状態なだけであって、全然いやらしくは無いんだよ!」
「一切フォローになってねぇ!!」
見ろ!
ミレアがドン引いてるぞ!
「ふ、不潔極まりない………やはり貴方」
「ちッッッげーよ!! 誤解を招く言い方すんな! この前は男もいたんだよ!」
「男性も………! お、恐ろしい、来ないでください!」
「テメーわざとか!?」
———————————————————————————
まぁ、しばらくして事態は収拾したのだが、
「何にせよ、これは問題です」
「いいじゃん、私ケンくんと寝るし」
「寝んわ。そいつと寝てろアホ」
「うわー、無礼者だー。場所が場所なら処刑されるよー」
あー、こいつ早速いらん事口走ってんな。
王女って事は伏せているらしい。
にも関わらず、このラインぎりぎりのボケをかますこいつの心臓はどうなっているのだろうか。
「冗談はそこまでです」
冗談で済まされるだけよしとしよう。
「というか、あそこにベッドがあるからそのまま使えばいいよね?」
「いいえよくありません。断固として認めません。見てくださいあのベッドの距離を! くっついているじゃありませんか! 引き離しますよ!」
これに関しては普通だ。
初対面の俺とあんな近距離で寝るのはちょっと厳しいだろう。
ガサツな冒険者でも無い限り、普通に嫌がる筈だ。
しかし、
「じゃあ、ミレアちゃん、私、ケンくんの順番で寝たら無問題だよね?」
こいつネジ飛んでんのか?
「嫁入り前の淑女が、お付き合いもしていない男性の隣で寝るなど許される事ではありません!」
「でも、エルはたまにご主人様と寝てるのです。こっちで」
エルは人間体に変化した。
からのフリーズ。
ミレアは石のごとく硬直した。
そういえば最近寝苦しいと思ったら寝ぼけて人間体になっていたのか。
「ろ、ロリコン………悍ましい………!!!」
「俺に罪はねーだろうが!!」
「いいなー、エルちゃん。うらやましい」
「オメーは黙ってろ! 厄介になるから! エル、もうお前俺が寝てる時に影から勝手に出るの禁止だかンな!!」
エルはわかりやすくしょぼくれた。
「女の子を悲しませないでください!!」
「こ、こいつ………!!」
コロコロ意見を変えやがって。
どうしろってんだ。
「じゃあ、禁止にはしねーから気をつけろ」
「はいなのですっ!」
態度を一変させてキレキレの敬礼をした。
「芝居か」
「はいなのです」
一丁前になりやがって。
娘が成長して反抗期に入った親の気持ちがよくわかるぜ。
「んで、どうすんだ。流石に外で寝ろなんて言わねーよな」
「そんな事は言いませんよ。しかし、いくつかのルールを定めます」
「ルール?」
ミレアは懐から取り出した紙を広げた。
箇条書きで色々書いてある。
字は結構綺麗だ。
書いてある事は至極まともだった。
無茶苦茶言ってくるかと思ったが、その心配はなさそうだ。
「なるほどなるほど。確かにちゃんとしてるな。じゃあ、残るは誰がどのスペースに行くかだが………」
窓側、中央、出口側の三つがある。
「では、ウルクが中央ですね」
「何でさ!?」
「私を男の隣で寝かせるつもりですか!? だから貴方が中央です」
「なにそれずっこい!! 横暴だ! 職権乱用だ!」
結局、騒ぎまくって協議した結果、中央から扇型になるように3分割した。
ミレアも、これで渋々妥協したと言った感じである。
「これで粗方終わりましたね。あとは自由にしてください。ケンくんはもう明日から授業に参加なので、朝はちゃんと起きてくださいね。こんなところじゃ大声出せませんし、私は触れませんから」
「んー、了解」
こうして夜は更けていった。
大きく生活が一変すると思ったが、今のところ大した変化はない。
同居人が変わったのは大きな変化かもしれないが、実際仕切って寝ているので、そこまで強く実感は湧かなかった。




