第226話
「勝負だって?」
「そう、勝負だ」
ギルファルドは、どちらかというと上品な雰囲気のおっさんだ。
だから、勝負と聞いて少し驚いた。
似合わないなぁと思いつつ話を聞いてみる。
「君はおそらく、もう既にこの世界じゃ最強と呼ばれる領域に立っているだろう。つまり、私がかつて求めた場所に君は立っているのだよ」
「アンタが?」
いや、ありえない話ではない。
ギルファルドも男だし、何より冒険者だったのだ。
「私もかつては高名な冒険者として名を馳せていた。おそらく、ダグラスよりはまだ強いとは思うが、あの男はここ最近も鍛錬しているだろう? そろそろ負ける可能性もある。もう、ずいぶん遠ざかってしまったよ」
おそらく、ラクレーとファリスの事だ。
あの二人は、剣と魔法で頂点を掻っ攫った人間だ。
つまり、その分野で戦えば最強という事である。
「しかし、私には商いの才はあっても、戦闘の才能はあの二人程無かった。三帝などと囃し立てられているが、私にとっては、あの二人の方がよっぽど輝いて見える」
遠くを見るような目でそう語った。
実際、ギルファルドのいう通り遠ざかったのだろう。
はっきり言って、ギルファルドの強さは、あの二人には及ばない。
先程ダグラスにした攻撃を、あの二人が何とか防げたとしても、ギルファルドでは無理だ。
「そうか………」
しかし、そういうギルファルドの目はまだ死んでいなかった。
「だがね、坊や。私は見たいのだよ。最強という奴を。圧倒的な力を手に、たった一人で世界さえもひっくり返すような、途方も無い強さを」
まだ諦めてはいない。
野望は未だ尽きず、彼の目の奥にはうっすらと炎ようなものが見えた気がした。
「理由などない。ただひたすらに好奇心がそれを追い求める」
「フッ………アンタもいい歳して男なんだな」
「無論だ。私は死ぬまでその野望を見続けるし、死ぬ前に必ずこの目に焼き付けると決めた」
なるほど。
なら、ここから本題に入るのだろう。
「坊や、いや………………ヒジリ・ケン」
ギルファルドは改まって俺を呼んだ。
「君に勝負を挑む」
「賭けるものは?」
「私が持つ特殊な権利と白金貨100枚」
白金貨100………100億円相当か………いいだろう。
「オーケーだ、ギルファルド。なら望み通り、俺が賭けるのは俺だ」
「ふ………わかってるじゃないか。なんとしても、君を手に入れて、私の野望を叶えてみせる」
「言ってろおっさん。コテンパンにして貰うもん全部掻っ攫ってやっから覚悟しとけ」
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「勝負内容は?」
「特別な勝負だ。単純に白黒つけようじゃないか」
ギルファルドは一枚のカードを取り出した。
「黒い死神と白い天使。好きな方を選びたまえ」
「じゃあ、死神」
俺は黒い死神が写ったカードを受け取った。
「ルールは簡単。死神は、天使が持っているカードが天使か死神かを当てるゲーム。君が取ったのは死神だ。だから、君は私が今持っているカードがどちらか当てる」
どっかでやったなぁと少し懐かしく思う。
思えば、こいつの言う最強になり得るだけの力を貰ったのは、トモとこんな賭けをやった後だった。
だが、今回は少し状況が違った。
「ただし、天使は死神に答えの鍵を教える。そして死神側は、答える際、根拠に基づいて」
「なるほどな」
「ヒントはなんでもいい。決定的な理由となるものに結びつくヒントだ」
「ほい」
俺は死神のカードを手渡した。
指示されたので、後ろを向いておく。
今更だが、ギャラリーが多いな。
人が増えているのは気がついていたが、改めて視認すると、多く感じる。
やはり、世界最高峰の富豪直々に挑んだ勝負が気になるのだろう。
「坊や」
「ん?」
「悪いが加減はしない。そしてあらかじめ言っておくが、どうやってでも勝たせてもらう」
「ワリィがそりゃ無理だな。俺が先攻を引いた以上、アンタの勝ちはない。こういう勝負じゃ特に、な」
「ほう………言うじゃあないか。では、見せてもらおう」
ギルファルドは、手持ちのカードをテーブルの上に置く。
「ヒントは?」
「そうだな………」
つぎの一言で、辺りがざわめいた。
ギルファルドはこう言った。
「もう言った」
「………」
もう言った。
これがヒントだろうか?
何も言わないことがヒントなのだろうか?
そもそも、ルール自体が嘘なのか。
いや、違う。
答えなんて、ルールを聞いた時から決まっていた。
子供でもわかる。
「話をしようじゃないか。坊や」
「話か………いいけど、その前に一つ聞いてもいいか?」
気になることがあった。
「ふむ、何かな?」
「本当の目的を教えて貰えるか?」
「………なんの話かな?」
「惚けンなよ。アンタがさっきまでしていた話、途中までは本当だ。だが、俺を引き入れたいのは嘘だろ? あえて乗ったが、アンタは俺から引き出したい情報がある。そうだろ? 俺が思うに………神の話だ」
魔族の騒動の後に行われた宴会の最後に、ギルファルドが尋ねてきた事があった。
それで何となくそう思ったのだ。
「………流石だな坊や」
「因みに今のクソしょうもないクイズの答えは天使を持っていた、だ」
ギルファルドは、俺に今持っているカードを当てろと言ったのだ。
だから、さっき持っていたのは天使なので、答えは天使だ。
「流石に幼稚だったかな?」
「ああ」
すると、ギルファルドは姿勢を崩してため息を吐いた。
「やれやれ。少しでも聞き出せればいいと思ったんだがね」
「俺相手に簡単に引き出せると思うなよ?」
「ダメ元で聞くが、情報は?」
「ダメだ。教えらンねーよ。此ればかりは人の手には余る。俺でやっと一歩入った程度、 いや………それ以下だ」
神はダメだ。
手を出しちゃあいけない。
人間でその領域が許されているのは、俺たち特異点くらいだ。
「君も人だろう」
「俺も人だ。だが、決定的に格が違う。アンタと俺では大きな溝がある。それは絶対に埋まらない」
「バケモノか………」
「そう形容されてもおかしくねーな。人間なんてとうの昔に超えちまってるから。アンタが特別視してるラクレーもファリスも俺から見ればただの人間だ」
俺がそう言うと、ギルファルドは表情を歪めた。
「あの二人がただの人間?………傲慢だな」
「人なんざ傲慢な生き物だ。力を持ってるやつならなおのことな。見下しているわけではない。尊敬すべきところは尊敬する。だがそれでも、俺が見ればあいつらはただの人間だ。あいつらの強みは知識と力。しかし、殊知識・力で俺に勝るやつはいない。亜人も、魔族も、妖精も、モンスターも、他の種族も、俺に勝ることはない」
俺はキッパリとこう言った。
「“最強”だからな」




