第217話
夜が明けた。
明日になると、俺たちはフェルナンキアを出てマギアーナへ向かう事になっている。
おそらく、しばらくはこの街に戻って来ることは無いだろう。
定住する気は初めからなかったが、ここまで長期間いると、愛着も湧く。
なので今日は、この街を散策してまわる事にした。
「と、その前に朝飯だ」
朝は魚の定食にしてみた。
鮭は無いので、似た味の魚を使っている。
「味噌だ!」
琴葉が物凄いがっつく。
「和食が食えるとは………スゲーな聖」
「調味料を混ぜて似たようなのを作れるンだよ。レシピ教えてやろーか?」
「あ、私知りたい。教えて貰えるかしら」
「俺もいいか?」
「はいよ」
まぁ、綾瀬と蓮は料理できそうだもんな。
蓮は普通に上手いし、綾瀬もきっちりした性格上、不味いもんはつくらねーだろう。
ここで意外なのは、
「フィリア………お前料理出来んのか?」
「舐めてもらっては困りますわ。私は一通りの家事はマスターしてますの。万が一蓮と結婚して家事ができなかったら困りものですもの」
俺は味噌汁を啜りながらボソッとこう言った。
「………重っ」
「聞こえてますわよ!?」
いよいよガチだな。
蓮も大変だ。
その蓮はと言うと、しょうがないなと言った感じで余裕の表情だった。
もはや日常茶飯事らしい。
「ニールはマスターしたか?」
「当然だ。お前から貰ったレシピは一通り作れるようになったぞ。私が何年リンフィア様に仕えていると思っている」
「お前家事はスゲーよな。馬鹿なのに」
「よしそこに直れ。素っ首斬り落としてやる」
ゆらりと動き出したので、リンフィアが止めると1秒とかからず止まった。
「もー、朝からケンカしちゃダメですよ!」
「申し訳ございません!」
「へーい」
「貴様と言うやつは………」
ワナワナと手を震わせていたが、流石に見ていると思ったのか、手は出してこなかった。
「それで、どこにいく予定なんだ?」
「闇市とカジノと裏闘技場と………」
「非合法そうなやつばかりじゃないか」
「でもそっちの方がいいモン見られるぜ? 身の安全は俺が保証する。管理者は大体知り合いだ」
その辺の根回しはキチッとする。
人間関係と言うのはある種の武器だ。
「お前………ついに馬脚をあらわしたって感じだな」
「その前から知ってる身からすればどーよ」
「うーん、特に感慨はないな」
「はは、だろうな。ま、当人からすればのびのびできて楽しいぜ。ここじゃ学校も警察もいねーし、こんな力を手に入れられた。楽しくないわけがない」
そう。
楽しいのだ。
ここでは“俺”を思う存分出せる。
人間関係に縛られることはない。
いや、違うな。
今までも縛られていたつもりは無いが、障害を避けて歩く感覚だけは拭えなかった。
だが、向こうで貼られていた“近づくだけで危険な目に遭わされる不良”というレッテルは持ち越されていない。
人となりがある程度リセットされていて、大事な縁だけ持ち込めた俺は幸福と言える。
でも、何も障害がないわけではないのだ。
「………これで何のしがらみもなけりゃ俺にとっちゃサイコーなんだがな」
俺は聞こえないようにボソッとそう言った。
「ケンちゃん、闇市って何があるの?」
「市場じゃ滅多に手に入らないアイテムやら何やらが売ってあンだ。そりゃあいいモンが見られるぜ」
「へー。そうなんだ」
わかったのかわからないが、とりあえず珍しいものがある店と覚えただろう。
「お前ら適当に変装しとけ」
「やっぱり勇者ってバレるとマズイようなところなのか」
「細けーこた気にすんな。髪の色変えるくらいでいい。フィリアはちょっと念入りにしておけよ。その派手派手な髪型と色を普通に変えとけ」
「色はレンとお揃いがいいですわ」
「お前揺るぎねぇな」
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食後に、全員変装させた。
髪の色は多少トリッキーな方がかえって目立たない。
この世界には平気で赤髪青髪がいるからな。
「おぉ、いい感じじゃねーか」
「まさか髪の毛を染める日が来るなんてね………しかも紫って………」
蓮は多少ショックを受けている。
暗い紫ならまだしも、明るい強めの紫なのでかなり目立っている。
「蓮くん似合ってるじゃん!」
「ははは………ありがとう琴葉ちゃん」
苦笑いの蓮。
「お前の方はマジで合ってるな」
「あら、そうかしら? でもどうせならレンに言って欲しかったですわ」
そーでござんすか。
それぞれ滅多にしない体験をして、色んな反応を見せていた。
意外だったのは、綾瀬が思ったより乗り気だった事だ。
普段委員長なんてやっていたらそりゃあ好き放題したくもなるのだろう。
「よし、それじゃあ行くか。まずは………」
俺はアイテムボックスからチケットを取り出した。
「裏闘技場だ」




