第212話
「終わった。今下で眠らせてる。奇声あげたりはしねーだろうよ」
「………そう、わかった」
ファルドーラは見透かしたような目でそう言った。
多分気がついてるんだろうな。
「………必要ないと言ったのに………」
ボソッとそう言うのが聞こえたので間違いない。
「エル」
「何ですか?」
「いつもの姿に戻っても良いですよ」
「はいなのです!」
エルから竜巻のようなものが現れる。
竜巻はエルを包んでいった。
そして、内側のシルエットは、小さな鯨の肉体から人間のシルエットへと変化していく。
「ふぅ………」
「へぇ、人間体はそんな感じなのか」
性別は女だ。
髪は薄い水色で、 目の色は透き通った青だ。
服は基本が魚をイメージしたものになっており、フードにはバハムート形態の時のツノを、服には小さく羽をつけている。
「おー、かわいいおんなのこだ」
「照れるのです」
エルはラビを肩車してそう言った。
身長は俺より低い。
リンフィアよりさらに小さめで小柄だ。
「エルの嬢ちゃん………人化したら可愛いじゃねぇか!」
「あら、良いじゃないか。どうして隠してたんだい?」
「おかーさんから、人が来たらなるべく鯨でいるように言われていたのです。変なおじさんとかが来たら絡まれるからって言ってたのです」
「「あー」」
「こっち見んなコラァ!!!」
全員でダグラスを注目していた。
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「んじゃ、俺らは帰るか」
「そうだね。アタシらの役目は本来ここの攻略だったけど、肝心のダンジョンがこれじゃあ、ね。ギルドに報告すれば依頼取り消しになるだろうさ」
ダグラス達はダンジョンを発とうとしている。
俺も出るか。
流石に、邪魔しちゃあ悪い。
「お前らも、もう準備はいいか?」
「あ、ちょっとまって」
ラビはファルドーラの前に立った。
「なーなー、なんでワタシをここによんだんだ?」
そう言えば、ラビを見た後俺にこんな事を言っていた。
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『あ、もうどこか行っちゃったわね』
「飽きっぽいからな、あいつ」
ラビはしばらく何かを考えていたファルドーラを置いて遊びに行ってしまった。
「で、何の用だったンだ?」
『用というほどのものではないわ。一目見ておきたかっただけ。私たちの主人たるかを見極めたかった』
「ああ、そういえばお前らダンジョンモンスターは元々あいつらの種族の配下なんだったな」
『………その知識には本当に呆れるわね』
やれやれと言わんばかりの声を出す。
『なら、あの子がどれほどの運命を背負っているのかも、知っているんでしょう?』
「………ああ。だから、仲間になった以上、俺はアイツを全力で支えるつもりだ。邪魔する奴は俺が徹底的に壊していく」
開いていた手をグッと握りしめる。
「本当に必要な壁はアイツ自身が登ってくれるだろう。 でも、この世界にはどうしたって不必要な邪魔が入る。俺は、俺と俺の仲間の道を塞ぐ障害を壊すために、この知識と力を振るうんだ」
俺がそう行っている様子をファルドーラは黙って見ていた。
話題を戻そう。
「それで、 アイツは合格か?」
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「最後の生物迷宮を一目見ておきたいとおもったのよ。それと、伝えておきたいことが一つ」
ファルドーラはラビの手をギュッと握った。
「恐らく、近い将来貴方は数々の試練を乗り越えなければならない時が来る。それは、貴方の一族の最後の生き残りである貴方の使命。だけど、恐らく試練は困難を極めるとおもう。だからこれを」
「!」
ラビの体に淡い光が灯った。
これは証だ。
ラビは合格だったらしい。
「もし、ダンジョンに行くことがあって、そこに私のような知性を持った主がいたら、必ず会いなさい。彼らに認められれば、きっと貴方の力になるわ」
「………わかった!」
「さぁ、行きなさい」
ラビはファルドーラに背を向けて入口へ向かって行った。
さて、俺もそろそろ行こうか。
「待って」
「ん?」
ファルドーラは俺を引き止めた。
「貴方は見届けて。これからあの子を託す貴方にはちゃんと最後を見届けてほしい」
「っ………いいのかよ。最後なんだぞ。部外者だろうが、俺は」
「いいえ。私達にとって人との契約は家族になると同義。あの子の家族になるんだから、貴方には見届ける資格はあるし、何よりも目の前で託したいから」
「………そうかよ」
俺は木に寄りかかって立った。
「おにーさん、まだ帰らないのですか?」
この表情を見ると、締め付けられるような気分になる。
「ああ………」
「エル」
ファルドーラはエルを呼んだ。
「おかーさん!」
「エル、おいで」
ファルドーラはエルを優しく抱きしめた。
「久しぶりなのです………よかった、おかーさんが元気になって………」
「………エル」
「これからは、また一緒に寝たり、ご飯食べたり、ぎゅーしたり出来るのです」
「エル」
「一緒にダンジョンを直していくのも良いかもしれないのです。元気になったおかーさんなら平気なのです」
「エル」
「それから、それから………」
「エル——————」
「言わないでッッ!!!!」
エルは声を荒げた。
そして、目からは涙が零れ落ちた。
俺は、アイツの表情を見ていると、締めつけられるような気分になる。
あの、無理をして笑顔を作っている表情をよく知っているから。
「おかーさんは死なないのです………おかーさんは誰よりも優しくて、すっごくすっごく強い私のおかーさんなのです………だから、だから………ッ!」
「………エル………ごめんね」
「!!………謝ったりしないで………嫌だ………嫌だよぉ、まだ、だって、もっと一緒に………」
ファルドーラは小さく首を振った。
「気づいているでしょう? 私の魂はもう消えかかってる。今現界出来ているのは、彼のお陰。でも、もうそれも終わりが近いの。だから、最後に“ぎゅー”しておきたかった」
「………」
「あなたはもっと世界を知っていろんな人と出会うべきよ」
「………嫌なのです………おかーさんと一緒がいいのです………」
一向に離れようとしないエルにファルドーラは困ったように笑った。
「困った娘………でも、私はそんな貴方を愛してる。たとえ消えても、私はあなたを決して忘れないし愛し続ける。だってあなたは、私がこの世で唯一愛情を注いで育てた最愛の娘ですもの………大好きよ、エル」
その言葉で、エルの涙は一気に溢れ出た。
「ぅ………うぁあああぁあっ…………っっ!!!!!!! 嫌だぁああっ………! 嫌だよぉ………っ………死なないでよ………っ………!! おかあさん………!」
エルは、もっと強くギュッと母を抱きしめた。
「今まで私が貴方にあげられたのは、せいぜい愛情くらい。他にもまだまだたくさんあげたい物があったし、したい事もあった。でも、私は娘を遺して先に逝く。どうしようもなく愚かな母を許してほしい」
ファルドーラから、小さく涙がこぼれた。
「こんな………こんなダメな親だけれど、貴方は愛してくれた………?」
「エルは………おかーさんが大好きなのです………! この先も、エルがおばあちゃんになっても、ずっと………ずっと、エルはおかーさんを愛しているのです………!」
「………ありがとう………エル。大好きよ」
ファルドーラの足の先からだんだん透けていった。
「………………………ぁ」
「もう消える………お別れよ、エル」
「あ………ぁ………」
「そんな顔しないで。私は、元気一杯に笑うエルの顔が、この世で一番好きなんだから。だから、笑って」
エルは、涙を拭って、母に向かって精一杯の笑顔を見せた。
どこかぎこちない笑顔。
でも、母の願いを叶えるために精一杯笑顔を作った。
「いってらっしゃい………おかーさん………」
ファルドーラは涙で顔がくしゃくしゃになっていた。
でも、最後に笑顔を見せてこう言った。
「行ってきます」
その言葉を最後に、ファルドーラは光となって去っていった。
さようならとは言わない。
それは、悲しい言葉だから。
だから、いってらっしゃい、おかーさん。
でも、今だけは泣く事を許してほしいのです。
去った母の光を抱いて、エルは声を上げて泣いた。




