第20話
2人ともまだ無事だ。
いや、これは無事とは言えない。
以前よりずっと傷だらけになっていた。
「ゴメンな。俺がもう少しちゃんと配慮してりゃこんな目に遭わさずに済んだはずなのに」
これは俺の思慮の浅さが招いた事態だ。
詰めが甘いぞ聖 賢………ガキと女も守れねぇやつが、こんな力持っても宝の持ち腐れじゃねぇか………!
詰めが甘いとは以前から蓮に言われていた。
これは俺が完全に悪い。
だから、俺が解決すべき問題なのだ。
「あ、ぁ」
絶望から救われた。
この事に女は言葉が出ないほどに感激し、安堵していた。
「ケンくん!?」
「ん、ウルクか」
ヨルドの兵の側にウルク達もいた。
3人ともこれを止めに来たのだろう。
「お前らこいつに用があったんだったっけか」
それにバルドが答える。
「ああ、一応言っておくがそれだけではないぞ。これが茶番だって事もさっき気がついた。俺たちもこういうのは虫が好かない」
それじゃあ、こいつらは敵じゃないな。
「ききき、貴様ァッ!!」
ヨルドが顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。
目は血走っており手をワナワナと震わせている。
よほど俺が恨めしいと見える。
「こいつもだ! こいつも処刑しろ!」
「はっ!」
処刑人は持っている斧を大きく振り上げた。
「………うるせぇなァ」
俺を中心に膨大な魔力が吹き荒れる。
俺は処刑人に指をさして、
「凍ってろ、デクが」
氷二級魔法【絶対零度】を発動。
「オ、オ、オオオォォ!?!?」
冷たい冷気が周囲を包み、上昇していく。
パキパキ、と音を立てながら冷気が一気に凍り、処刑人を巨大な氷の塔に閉じ込めた。
絶対零度は拘束の魔法。
凍った者を仮死状態にするというものだ。
「テメェに使うには過ぎた力だったな」
「こ、こんなことが……」
ヨルドはこれでも一応魔法学校を出ている。
魔法知識は一般人よりは長けているのだ。
「馬鹿な………二級魔法だと!? 無詠唱でこんな……!」
だからこれをやってのける事の途方もなさを理解している。
「くそっ……え、ぁ……あれ?」
ヨルドが振り返っている時、俺は既に2人を捕縛を解き、回復を済ませていた。
「少しの間ジッとしててくれ」
「!?」
ヨルドは再び振り返る。
俺はそれに合わせて距離を詰めた。
「なっ……!」
「さて……」
「っぐ!?」
俺はみぞおちを気絶しないギリギリの威力で殴った。
「ご……ぁ…」
「………シャムの腹の痣、お前がつけたんだろ?」
俺はヨルドの髪を持って座らせまいとした。
「立てよ」
右手に風五級魔法【シザーウィンド】を用意する。
「なんでお前はそんなに簡単に理由もなく人を傷つける」
「おま、えだ、って、傷つ……けて、る、じゃない、か」
まさかの発言に思わず笑ってしまう。
「俺か? ははっ、ああ、違う違う俺がやってんのは……」
俺の顔から笑顔が消える。
「ただのゴミ掃除だ」
風魔法をヨルドに当てる。
これは通常の威力より大分抑えている。
殺すまでの威力はない。
が、代わりに、
「うぎゃああああああ!!! 痛い痛い痛い痛いいいい!!!」
生き地獄を味わう。
「どうした? あいつらの体の傷はもっと沢山あった。言っとくがこんなもんじゃねェぞ?」
俺はさらに五つほど用意し、言った。
「テメェが見るべき地獄はよォ!!」
ヨルドは恐怖のあまり失禁すると同時に気を失った。
俺は黙って魔法を引っ込めた。
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「うわあああああん!!」
緊張が切れてシャムが泣き出してしまった。
俺はそんなシャムの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「よく頑張ったな、シャム。お前はあんなクソヤローとは違って立派な男だ」
聞くところによると、怯えはしていたがそれでも泣き言言わず我慢していたらしい。
立派なものだ。
こんな仕打ちに耐えるばかりか、泣き言を言わないとは。
「ねーねー、それどうするの?」
ウルクはヨルドを指差して言った。
「今すぐぶっ殺したいとこだがとりあえず保留だな。あれ? バルドとレトはどこ行ったんだ?」
「下に行って事態を収拾してもらってるよー」
相変わらず大変だな。
それじゃあ俺も自分のする事をしよう。
「とりあえず、ここの奴隷全員呼んで来れるか?」
「はい? 構いませんが……」
俺は下から奴隷を全員連れてきてもらった。
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「これで全員か」
「はい」
奴隷は総勢100人以上いた。
みんな虚ろな目をしている。
そして全員が亜人だった。
こいつを除いて。
「ご主人様は——————」
「やめろ、あんなんを主人と呼ぶな」
「すみません、それは……」
無理だという事だ。
だがそれはしないのでは無く、出来ないという事に気がついた。
「奴隷紋か。チッ」
奴隷紋。
それは奴隷になった者が刻まれる隷属一級魔法の【完全隷属】によって体に刻まれる紋様だ。
完全隷属は相手が合意した時のみ使用できる。
使用時に条件をつけ無理やり命令を聞かせるのもこの魔法の効果の一つだ。
登録解除共に主人しか出来ない。
「だから我々は死ぬまで彼の方の奴隷なんです」
皆暗い顔になった。
それはそうだ。
その事実を改めて突きつけられたのだから。
「………アンタら、奴隷のままは嫌か?」
「え?」
「嫌か?」
俺は奴隷達に尋ねた。
「嫌、です」
女が言った。
すると、
「ああ、嫌だ」
「嫌に決まっている……!」
「私たちだって自由になりたい!」
どんどん声が上がってくる。
どうやらみんな同じ気持ちの様だ。
「………そうか」
俺はおもむろに立ち上がった。
そしてこう言った。
「なら、俺がアンタらを自由にさせてやる」
俺はゆっくり目を閉じた。
『我は神の領域を侵す者。神の力を象る愚者。欲するは破壊の力。全知の神の叡智をもって我が願いに応えよ』
詠唱。
無詠唱スキルを所持している俺には詠唱は要らない。
だが、例外もある。
それがこれだ。
ゆっくりと目を開ける。
その目は淡い黄色に変化する。
そして、魔法陣が刻まれていた。
「【神象魔法・万魔破壊ノ理】」
右手をスッと前に出す。
するとそこから小さな輪っかが現れた。
輪はどんどん広がっていき、奴隷達を囲んだ。
その輪はゆっくりと回転し始め、やがて奴隷紋を中心にして集まり、
パキッ、という音と共に奴隷紋を破壊した。
「よし、終わり。みんな奴隷紋を見てみろ」
奴隷達は不思議そうな顔で奴隷紋がさっきまであった場所を見た。
「え………無い!?」
「まさか!」
ウルクは飛び出して女の体を探った。
「………嘘、だって、そんな」
これはかなり非常識な力だ。
これは奴隷制度を揺るがしかねないとんでもない事なのだ。
「やっぱキチィな。MP半分も持ってかれてる。この減り方しんどいから嫌なんだよ」
俺にとっては知った事ではない。
それより疲れたことの方が俺にとっては問題だ。
とはいえ、この魔法がバレたら後で面倒なので、
「念のために言っとくが、これ内緒だぞ。多分こっちじゃ禁術レベルだ。いいか、わかったか。ウルクお前もだぞ。王族にバレるのだけはマジでシャレにならん」
「わ、わかった」
流石のウルクも面食らっている。
「あ、あの」
「ん?」
「本当になんとお礼を言えばいいのか……」
「いいよンなモン。よかったな、アンタら漸く故郷に帰れるんだ。もう捕まんなよ?」
「はい! ありがとうございました!」
亜人達は次々に感謝の言葉をくれた。
人助けもいいなと久し振りに思った。