第197話
「おお、暗………おぉ!?」
穴に入った途端、妙な感覚に襲われた。
天地がひっくり返るような感覚だ。
しかし、それは感覚だけではない。
「っ、まじかよ」
この城は、重力が逆転しているのだ。
俺は城の上まで落ちていったかと思ったら、その瞬間に床まで真っ逆さまに落ちていった。
「よっと」
くるっと宙で回転して着地を決める。
「初っ端からスゲェダンジョンだ。重力逆転って言ったらとんでもない魔力量を要するのにな」
入り口の穴を覗いてみる。
逆立ちしている訳でもないのに、自分の足元に空が見えるのは何とも不思議な気分だ。
今度は逆に上を見上げてみた。
しかし、改めて見ると、ちゃんとした城の内装だなと感じる。
「立派な城だな。ちゃんと観光するのもいいかもな………お前が覗いてなかったら、だ」
城に入った瞬間、何者かの気配を感じていた。
特に敵意は感じない。
が、見られるというのはそれなりに不快なものだ。
「気づかれていたとは………今回はなかなかの冒険者が来てくださったらしい」
奥から現れたのは、ワンサイドツーブロックの黒髪の青年だった。
一見優しそうに見えるその表情からは、どこか胡散臭さを感じる。
「声もかけずにじっと見るだけとは、いい趣味とは言えないぜ? お前がナビゲーターか?」
「えぇ。ナビゲーターの亀井 久介です」
「やっぱ日本人か………」
「おや? 貴方も日本人ですか………もしや、私と同じ“迷子”ですか?」
迷子とは、召喚ではなく、現世で開いた裂け目からこちらの世界に迷い込んだ人間のことをいう。
これが、神隠しとよばれる現象の正体である。
「いや、俺は迷子じゃない。召喚された元勇者だ」
「成る程、そちらでしたか。まぁ、ここを攻略するのであれば、日本人でも異世界人でも構いません。ようこそ、“龍姫の逆城”へ」
その瞬間に、ダンジョンが一斉に明るくなった。
「おー、どういうパフォーマンスだ? これは」
「ただ単に光魔法を仕掛けておいて、それを発動しただけですよ。こういう感じの方が気分も上がるでしょう? それに——————」
久介の表情が一瞬だけガラッと変わる。
それは、どこか嘲笑うような表情だった。
「どうせ、気分をあげても、この層が限界なんですから」
「限界………ねぇ」
「っとっと………あ! おいボウズ! 何先に行ってんだよ!」
ダグラス達が入ってきたようだ。
「おや、貴方達は………確か以前もここに来られた方ですね」
「おうニーちゃん、久しぶりだな。今度こそ攻略してやるぜ」
「ええ、期待しています。では、お揃いのようなので、ここでこのダンジョンの説明をさせて頂きます」
久介から受けた説明によると、このダンジョンは、全100層のダンジョンで、少なくともこの1層は、上への階段の手前にある仕掛けを解除しなければならないようだ。
歴代最高でも、この1層が限界だったらしい。
ファリス辺りはまだ来てないらしいが、名だたる知恵者達が挑戦して、未だに誰も1層をクリア出来ていない。
モンスターは未確認で、いるかどうかも不明との事。
「アンタ、やっぱりナビゲーターの割に何も知らないんだね」
ローレスは呆れたようにそう言った。
「申し訳ありません。以前も申し上げた通り、ナビゲーターと言っても、1層の管理しか任されていないものですから」
「任されるというと、君より偉い人がいるのでぇすか?」
「はい、それがこのダンジョンの名前の由来でもある龍姫です」
「龍姫………そういや前来た時は龍姫ってのが何なのか考えたこともなかったな。美人か!?」
ダグラスが食い気味に尋ねた。
「ええ。人間体の時は、見る者全てを魅了する程の絶世の美女です」
「おっしゃ!!」
その後ローレスにボコボコにされたのは言うまでもない。
「では、説明は以上です。頑張って攻略して下さい。それでは」
久介はそういうと、城の奥へ姿を消した。
「うーん」
「どした」
ダグラスが妙な顔をして唸っていた。
因みに顔は膨れ上がっている。
「んや、ナビゲーターのニーちゃん、あんなだったけ?」
「それは僕も思ったでぇす」
「俺もだ」
「アタシもだよ。でも、口調やさっきの感じだと、同じやつだとは思うけどね。顔もだいたいあんな感じだった」
「………なるほどね」
何のためにそんな事をしてるのかは知らないが、これは裏がありそうだ。
「そもそもナビゲーターってのが胡散臭いンだよ」
「何でだ? こういう特殊ダンジョンではそういう事例があってもおかしくはないだろう?」
「じゃあ、逆に聞くが、どういう経緯でナビゲーターになったと思う?」
「そりゃあ………分からん。そう思うと無いと思えるな」
「理由はいくつか考えつくが………」
「考えつくんかい」
「どうもしっくり来ねぇ。だが、一つだけしっくりくるものがある、が、憶測を言っても仕方ねーからとりあえず進もうぜ」
「んー、気になるが確かにそうだな」
俺たちは、この件をとりあえず放っておいて進む事にした。




