第19話
街の中央にそびえ立つ黄金の塔。
それはこの街の何よりも目立っていて象徴の様であると誰かが言った。
ある者にとってこの塔はあの領主がこの街を治めてしまっていると言うことの象徴に他ならない。
そんな黄金の塔、何処にも影がない様にも思えるこの塔にも当然影はある。
塔の内側は様々な意味でただただ暗い闇の様だった。
これはこの街の暗部。
汚いことを裏で色々やっている。
奴隷達はその闇に捕らえられている。
外面がいい領主も中身は真っ黒。
この塔の様だ。
そしてその闇は外に漏れ、市民はそれに気がついているが何も言えない。
市民もまた影に捕らえられているのだ。
この地下はそんな闇の一部。
今ここには無実の罪で幽閉されている2人の死刑囚がいた。
「お姉ちゃん……」
シャムは怯えた声で隣にいる女を呼んだ。
全身に新しい傷がいくつもついている。
「大丈夫よシャムくん。君は何としても私が助けるから」
この時女は頭を撫でてやりたかったのだ。
だが、この鎖で縛られた手ではそれは叶わなかった。
代わりにデコをくっつけて、大丈夫、大丈夫、と何度も励ました。
助けると、女は言った。
その術はない。
可能性はゼロだった。
だがそれでも諦められなかった。
女は魔族の中では異質なほどに優しかった。
だから、諦めるわけにはいかないのだ。
「おい」
正面を見ると、看守が2人を呼んでいた。
手には鍵を持っていた。
「出ろ」
「!」
2人は顔を見合わせると嬉しそうな顔をした。
「出られるんだ! やった!」
シャムは大喜びした。
そんなシャムを見て女は諦めないで良かったと心から思った。
自分の祈りが届いたのだから。
「早くしろ、領主様がお呼びだ」
看守は2人を外に出し牢を出た。
だが、手錠と首輪はつけられたままだ。
女はこの事に一抹の不安を感じた。
「さっさと歩け」
看守は急かしてくる。
その顔は若干にやけていた。
そして察する。
多分これは釈放ではない。
長い廊下をずっと進み階段へたどり着く。
看守に引っ張られ階段を上っていった。
地上の入り口は既に通り過ぎている。
一体何処へ行くのだろう。
2人はそう考えた。
ただその心中は大きく違う。
シャムはただ単純に疑問を。
女の方は疑問に悪い予感が付き回っていた。
「着いたぞ」
それは塔の最上階の扉だった。
「何故最上階へ……うぐっ」
女は首輪を引っ張られ言い切る前に黙らされた。
「この先に領主様がお待ちだ」
「………………」
看守は扉を開き、2人を外へ放り出した。
そこで待っていたのは自由でも何でもなかった。
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「もうすぐ10分経つ。後半分しか無いぞ!」
もう塔の近くまでは来ていた。
だがその時既に時間の半分は使ってしまっていた。
「ウルク急がなきゃ。後10分で領主にあって説得までしないと引き入れる前に終わっちゃうよ!」
ここで魔族の奴隷が殺されても国王は迷惑しない。
むしろそれは国王の望みだった。
引き入れはあくまでもウルク個人の望みだ。
「わかってるよー! 何としても魔族を引き入れたいからねー」
そして漸く、ウルクは塔へと辿り着いた。
中央の正面入り口に駆け込んだ。
「ここの! 領主いる?」
この塔は街の中心にあり、最も目立つ為、いろんな施設を担っている。
そして1階層は役場だ。
ウルクは領主の居場所を聞いた。
しかし、そう簡単に行くはずもなく。
「今は執務中です」
と流されてしまう。
「どうします? 姫」
レトはバレない様に小声で聞いた。
「もういいかなー。ここでバラしちゃおっか」
ウルクは懐から魔法具を取り出した。
これは王紋板と呼ばれる魔法具で、王族の魔力を登録させてそれに反応して光るという仕組みの魔法具だ。
なお、王家の石を見せないのはこれはかなり限られた人物しか知らないので、こういう場では効果がないからだ。
「私はルナラージャ王国、第二王女、ウルクリーナ・ルナラージャです。ここの領主に今すぐ会わせなさい」
今までの雰囲気とは一変、真面目に尋ねた。
どよっ、と辺りが騒つく。
まさか王女が出てくるなんて思ってなかっただろう。
役場の役員も大慌てで屋上へ案内した。
「さ、先程は王女様であられるとはつゆ知らず……」
「いいよいいよ、気にしてないし。ここであってるの?」
「はい、ですが今は……」
「処刑の前だってのは知ってるよ。私はそれを止めに来たんだ」
ウルクは扉を開く。
そこに居たのは、かなりの人数の従者と兵だ。
「ん? 誰だ貴様は」
「私はウルクリーナ・ルナラージャ。ルナラージャの第二王女です」
するとヨルドはあわてて席を立ち、膝をついた。
「これは王女様。飛んだご無礼を致しました。申し訳ありません」
「それは大丈夫。それより…………」
処刑台の上にいる2人に目がいく。
「処刑するんだよね。それなら、あの2人私にくれない?」
「……申し訳ありませんがそれは叶いませぬ。この2人は仲間の奴隷を殺し、それを市民に知らしめなければなりません。おや、時間だ。それでは」
「あっ、待っ——————」
目の前に兵が立ちふさがる。
いくら王女と言えど処刑の邪魔はできない。
だから説得しに来たのだ。
しかし、聞く耳は持って居なかった。
ウルクは下唇を噛んで説得できないことを悔やんで居た。
もう時間だ。
もう、間に合わない。
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「只今より処刑を行う」
そこから処刑人の挨拶など色々あったが、2人の頭には入ってこなかった。
「僕、殺されちゃうんだ……」
シャムはもう、完全に諦めて居た。
女も既に意思が弱り切っていた。
ここで終わりですか。もう、終わりなんですか。まだ、やり残したことが沢山あるのに。でも、もう無理です。私は、ここでこの子すら守れずに死ぬのですね。
「さあ、この殺人鬼に天の罰を!」
処刑人が大きな斧を持って横に立つ。
そして大きく振りかぶった。
「! お姉ちゃん!」
シャムは鎖を解こうと引っ張るがビクともしない。
最初は私ですか。いや、その方がいいかもしれませんね。もしかしたら、私だけで済むかもしれないですから。どうか、この子だけでも。
「さぁ、裁きだ」
女はゆっくりと目をつぶった。
ズオッ、と。
一帯にとてつもない重圧が包み込んだ。
「!」
女はその重圧に驚いて目を開ける。
目の前に立っていたのは、
「よう」
「あなたは……!」
今から俺はこのふざけた処刑を——————壊す。