第18話
「………これは………」
俺は結局気になって戻ってきたのだ。
奴隷は確か、滅多やたらに傷つけてはならないと言うルールがある。
だが、それを行なっているのが街のトップならどうだ?
黙認されるだろう。
その証拠に、
「………血の跡」
さっきまで無かった血痕がここにあった。
この血痕のつき方はおそらく複数人に刃物で襲われている。
いや、そんな事はどうでもいい。
問題は、俺がこの場面を想定していたにも関わらず、大丈夫だと判断してしまった事だ。
「あぁ………これだから俺は………」
また、俺の浅慮が人を傷つけるのか………どうしようもない馬鹿だな………!
俺は奥歯を軋ませた。
異世界に来てまだ数日。
情報は得ていたとは言え、異世界にはまだ慣れていなかった。
向こうにいたころの俺の周囲の環境は、俺を見事に日和った馬鹿にしてくれたらしい。
——————だからどうした。
俺が慣れていなかったから浅はかであった事が許されるのか?
否だ。
いい加減目を覚ませ。
ここは異世界。
俺のいた世界とは違う。
一つ一つの行動が誰かの命に繋がっていると自覚しろ。
もう放っておくわけにはいかない。
奴はやってしまった。
「あの野郎……」
あんな奴が街を治める領主だと?
馬鹿げている。
なぜ何の罪もない人が殺される羽目になるんだ。
「……こんな理不尽あるか? なァ……!」
俺は理不尽な奴が嫌いだ。
特に、命を何とも思わない奴からの理不尽は最悪だ。
あの2人は絶対に殺させねェ。
だから奴は——————
「——————俺の、敵だ」
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これは、ケンが現場に戻る少し前の出来事だ。
ウルク達3人は今市街地を走っていた。
「ケンくんいなかったね。魔族が処刑されるから伝えようと思ってたけど、どこに行ったんだろう?」
「わかりません………もしかしたら、我々より先にこの事を知ったんじゃ無いでしょうか」
「なるほどね………可能性はあるね」
その瞬間、ウルクは表情を引き締めた。
「バルド、レト、処刑は何処であるの」
「まだわかりません。ただ、聞いた話によると……」
ウルクは口に指を当てて、
「外で敬語は禁止だよー。自分で言ってたじゃんかー」
「失礼。聞いた話によると処刑される奴隷はここの領主の奴隷らしい。急いだ方がいいぞ。ここの領主かなり趣味が悪いので有名だ」
「あぁ、あの金ピカね………」
ウルクは塔を見てそう言う。
姫なだけあって多分普段から芸術品を見慣れているのだろう。
流石にそんな奴の目から見たらあれは酷いと言うのはわかるはずだ。
「それだけじゃないよ」
レトは付け足して言った。
「領主はたまに奴隷を甚振って遊んでるんだって。ホントは法に触れてる筈だけど、外でやって問題になってないってことは、みんな黙ってるんだろうね。ここを追い出されないために」
ウルクは少し速度を上げる。
「急ごう」
「ああ」
「うん」
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「ご主人様、処刑の準備が整いました。如何なさいますか?」
黒服の男がヨルドにそう言った。
「では市民に場所の公開を。野次馬どもがうじゃうじゃ集まって来るはずだ。それと奴隷どもを処刑場に並べておけ。丁度いい機会だ。あのゴミ共に俺の恐ろしさを刻みつけてやるんだ。あーっはっはっは!!」
ヨルドは高笑いを上げる。
黒服の男は頭を下げて、
「では、そのように」
と一言言って退出した。
「ああ、くくく、想像しただけで笑いが出るよ。奴隷達の苦悶の表情を早く見たいなぁ。あいつらあのメス豚に懐いていたから、よっぽどいい顔するんだろうなぁ」
ヨルドは再び高笑いを上げる。
「さて、そろそろ俺も行くとしよう。愚民達に俺がいかに偉いのか教えねばな」
ヨルドはこの偉い、と言うのにかなり拘っている。
常に誰かの上にいなければ気が済まないその性格のせいで、彼は何をやっても許される様な勘違いをする程自惚れた自己中心的な人間になったのだろう。
ヨルドはドアを開け、塔の屋上へ躍り出た。
そして、設置している魔法具、これはスピーカーの様なもので音を大きくする魔法具だ。
それを召使い達に準備をさせ、自分は日陰でゆったりと休んだ。
「ご主人様、魔法具準備完了致しました」
「わかった。では、」
魔法具を起動させる。
形はまんまホーンスピーカーの様で起動させると周りが薄っすらと光る。
「親愛なるラクルの市民よ。只今から公開処刑を執り行う。場所はこの塔。今から20分後に行う。私はこのおぞましい殺人鬼に鉄槌を下すのだ! それでは後ほど」
ヨルドは魔法具を停止させた。
「素晴らしいです。ご主人様」
明らかに世辞だ。
「そうだろう」
しかし、ヨルドは気を良くし、得意げな顔で自室へと戻っていった。
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「処刑まで後20分だって。あの塔ってことは……戻ろう!」
ウルクは処刑場を探すためにずっと走り回っていた。
ここから20分、まだギリギリ間に合う距離だった。
「行くぞ!レト」
「うん、急ごう」
今度こそ3人は処刑場へ向かった。
2018年8月24日
誤字修正
2019年2月10日
前半部分修正